teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


Re: 「藤枝静男著作集第1巻」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月12日(火)07時38分39秒
返信・引用
  > No.8446[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

>
> 第二作の「家族歴」がすさまじい。「家族歴」は藤枝氏の家族のことが書かれている。
> 藤枝氏の父親は永年の結核保菌者であったため、姉二人、妹一人、弟一人、兄一人(今の名古屋大医学部在学中に発病したため、やむなく医学を断念し、家で療養生活を送るものの35歳で病没)がこの病で倒れるというすごさである。
> 赤裸々で書かれた文章には迫力がある。
>

藤枝静男氏をネットで検索していると、以下の藤枝ファンのコラムを見つけた。
初期作品「家族歴」にも言及している。

@@@@@
小説本は古本屋で買うことにしているけれども、藤枝静男の著作集(6巻)だけは、刊行と同時に書店に注文して新本で購入した。藤枝静男のファンだったからだ。書店から第一巻が届いたときに驚いたのは、本に著者の署名が入っていたことだった。表紙を開いたら開巻三枚目が、薄い半透明の和紙になっていて、そこに筆書きで「藤枝静男」と署名してあったのである。落款も押してあった。

二巻目以降にも筆書きによるサインがあったが、最後になると、さすがに根が続かなくなったらしく、手彫りの印形に変わっている。こんなところに藤枝の実直な性格が遺憾なくあらわれている。推測するに、彼はこんな風に考えたのではなかろうか。

(6巻の著作集は、寡作の自分にとって個人全集に代わるものになるのではないか。自分が死んだとしても、全集が刊行されることはないだろう。としたら、この本を注文してくれた読者に対する謝意の表明として、全部の本に署名することにしたらどうだろうか)

この推測が当たっているかどうか分からない。だが、初刊本のすべてに署名するという、考えただけでも気の遠くなるような作業をあえてやろうとしたところに、藤枝静男の面目があるのである。

藤枝の作品のうち、「家族歴」と「一家団欒」が最も印象深かった。

芥川龍之介に、「点鬼簿」という作品がある。点鬼簿とは、死者の名簿という意味で、彼はこの作品の中に、狂人だった母や、幼くして死んだ姉、それから伯母や父の面影を書き留めている。

藤枝の短編「家族歴」も、彼のものした点鬼簿であり、結核という病気に呪われた藤枝家の死者たちの行状を書き留めた墓碑銘だった。

私が子どもの頃には、「あの家は肺病のトウ(家系)だ」といわれる家があった。今では、結核は家族感染によるのであって、遺伝病でないことが明らかにされているけれども、当時、結核は血統だと信じられていたのである。

藤枝静男は7人兄弟姉妹の次男に生まれている。このうち5人の兄弟姉妹が結核のために次々に死んでいるのだ。感染源は薬局を経営していた父だと思われる。63歳で脳溢血のために死んだ父は、若い頃に結核を病んで喀血したことがある。彼はその後、病気を完全に治したと思いこんでいたが、実は生涯結核菌は彼の体内に住みついており、生まれてくる子供を相継いで病気に感染させていたのである。

「家族歴」には、哀切なエピソードがいくつも並んでいる。次に述べる挿話は、藤枝が5歳のときに12歳で死んだ姉のナツが、藤枝に話しかけるところから始まる。初夏のある日、裏庭で幼い二人が一緒に並んでいるときだった。

<「ねえ静ちゃん」と姉が細い弱々しい声で云った。「何かほしいものがあったら、あげるよ」

私は、「十銭おくれ」と云った。すると姉は小さながま口を着ぶくれた懐から出し、十銭銀貨を私の掌にのせた(「家族歴」)>

自分の余命が僅かしかないと感じると、人は大事にしていた所持品を惜しみなく他人に分け与えるようになる。12歳で死んだ姉も、本能的に死が迫っていることを感じていたのである。

亡くなった兄姉の思い出がいくつも語られている中で、藤枝が最も心を込めて書いているのは5歳違いの兄秋雄の思い出なのだ。兄が結核で死んだあと、彼は何も手がつかなくなる。

<・・・・頭の中は兄に対する執着で充満し、他のことは全く考えられなくなっていた。その生涯を追想するとか、何を考えるとか云うのでなくて、ただ頭の全部に懐しい兄の姿がつまっているのであった(「家族歴」)>

「一家団欒」を読むと、兄への思いがこれほど強かったのには理由のあったことが分かる。(「一家団欒」は、死んだ藤枝が父や兄、姉が眠る墓の中に入り、そこで死者達と一家団欒の集いを持つという幻想的な作品)

<兄は何時もやさしかった。自分自身は何でも我慢して、みんなを可愛がってくれた。そう思うと章(註:作者)の眼からまたしても涙が流れた。
「僕は兄さんにも悪いことばっかりして、悪かったやあ」
と云って彼は泣いた。

彼は、高等学校のとき、兄が自分の乏しい小遣いをためてみな章にくれたことを後悔の念をもって思い返した。彼は何時もそれをチップとして下らないカフェの女にやった。兄が結核にかかっ大学を止め、絶望的な療養生活に入っていたとき、彼は兄からあずかった顕微鏡を質に入れた。

そして兄がやっとの思いで父から貰うことのできた50円の写真機代を猫ばばして、20円の中古品を送り、余りをカフェ通いに使ってしまった(「一家団欒」)>

兄ばかりではない、藤枝自身もまた妹に深い愛情を注いでいる。こうした愛と信頼で固く結ばれた一家団欒が、どうして生まれたのだろうか。家族のために心身をすり減らして働く父の背中が子ども達に影響を与えていたという面もある(藤枝は父について繰り返し書いているけれども、不思議なことに母については何も触れていない)。

弟妹に対する兄の深い思いやりは、彼が長兄として次々に死んでいく弟妹を間近に見ていたからではなかろうか。病気に翻弄され、何がなんだか分からぬままに死んでいく可哀想な弟妹たちを見ていると、残ったきょうだいたちには出来るだけのことをしなければならぬという気になるのだ。

当時、結核は治療の方法のない業病と見なされていたから、病気になると患者は怪しげな民間療法の標的とされ、無用な苦しみを強制された。私も結核で自宅療養中、灸をすえられたり、蛇の生き血を飲まされたり、正体不明なものを食べさせられたものだった。藤枝家の子ども達も、そうした療法の犠牲にされていたのである。

藤枝家では、狭い寝部屋を閉め切ってウナギの頭を燻してその煙を吸い込ませるとか、冷水摩擦をさせられるとか、いろいろな療法が行われた。藤枝に十銭をくれた姉も、風邪を引かせてはならぬという医師の命に従って、夏でもメリヤスのシャツを二枚着せられ、毎日一時間余りの日光浴をしていた。そして、痩せてしなびた顔を日焼けで真っ黒にしていたのだった。

挙げ句の果て、医学部で医者になる勉強をしていた兄自身まで、熱が出たときに胸に生魚のひらきを貼られるという仕儀になる。

<それまで様々の人から持ち込まれた「お札」「お水」「お饌米」等を、兄は頑固に拒否していた。それは恐らく医学生としての衿持というような心持ちからであったろうが、今は従順に身をまかせるのであった。

(生魚の貼り付けを)勧めた男が、庭先に姐板を持ち出して、二寸乃至五寸の鮒を片端から器用にひらいた。そしてそれ等を油紙の上にびっしりと並べ、父に手伝わせて兄の背胸に巻きつけ、上からネルで被った。やがて高い体温と暑熱に蒸れた、何とも云い難い生臭い悪臭が病室内に充満し始めた。兄の顔は、初め冷たさから蒼く鳥肌立ち、それから苦痛に歪んだ。

生魚は腐臭を放ったまま翌朝まで置かれた。そしてそれを取除いた後いつまでも、私達は一歩室内にはいるとその吐き気を誘うような臭いに胸がむかついてくるのであった(「一家団欒」)>

兄は、こうした民間療法で生気を吸い取られ、灯が消えるようにして死んで行く弟妹を眺め、やり場のない哀憐の情に包まれたのだ。

多くの兄弟姉妹を死出の道に送り出した藤枝は、結婚したら今度は妻が結核を発病するとという憂き目にあっている(妻の病気を題材にした作品に「路」がある)。

藤枝静男の文学は、兄や姉、そして弟妹の死を眺めてきた過去の上に構築されている。彼の強靱で粘り強い作品は、こうした境遇と不可分の関係にある。
 
 

藤沢周平「冬の日」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月10日(日)17時11分23秒
返信・引用 編集済
  この頃、Youtubeで小説家の作品の朗読を聴く機会がある。
半七捕物帖、剣客商売などを聴いていたが、本日mたまたま、藤沢周平「冬の日」を聴く機会があった。朗読は元NHKの松平アナウンサー。

周平の江戸の市井物である。相変わらず、最後はほろりとさせる仕上げとなっていた。

ゴンブリッチ「芸術と幻影」を読み終え、同じくゴンブリッチ「美術の歩み」下巻を紐解く。


de

 

Re: 「藤枝静男著作集第1巻」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月10日(日)14時37分7秒
返信・引用
  > No.8446[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

> 「藤枝静男著作集第1巻」を読んでいる。
> この巻の前半は、藤枝氏が、戦後、旧八高時代の親友平野謙、本多秋五らが創刊した「近代文学」の求めに応じて、初めて著した「路」、「家族歴」等の初期作品が載っている。
>
> 第二作の「家族歴」がすさまじい。「家族歴」は藤枝氏の家族のことが書かれている。
> 藤枝氏の父親は永年の結核保菌者であったため、姉二人、妹一人、弟一人、兄一人(今の名古屋大医学部在学中に発病したため、やむなく医学を断念し、家で療養生活を送るものの35歳で病没)がこの病で倒れるというすごさである。

「家族歴」を読後、藤枝静男氏の菩提寺、岳叟寺を見たくなり、午後いそいそと出かける。
岳叟寺は、「七島山 岳叟寺」と言い、曹洞宗のお寺で、藤枝市五十海にある。
お寺の後ろにある墓地に行き、藤枝氏(勝見家)のお墓を探す。
墓地はさほど広くないため、何とか見つけることができた。藤枝氏や兄妹、ご両親の名が刻んであった。
 

Re: 物自体 Ding an sich

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月 9日(土)14時44分55秒
返信・引用
  > No.8442[元記事へ]

keizoさんへのお返事です。

物事の根本を思索した人の本が案外好きである。読んでも理解できたとは公言できないという但し書きがつくが。

カントは「純粋理性批判」を上梓したものの、難解と「悪文」のため、中々理解されなかった。そこで手引きとして「プロレゴーメナ」を著した。

私はこの手引書を読んだものの、正直、文字面を追ったに過ぎなく、よく、というより全く分からなかった。途方にくれている時に出会ったのが、石川文康氏の「カント入門」(ちくま新書)である。
石川文康氏は、カントに興味のある初学者に対して、カントが思索したことをかみ砕いて解説している。
780円というワンコイン・プラスで、カントの世界を開陳してくれるのは正直嬉しく、また助かった思いがした。

戦後、京大で旧「京都学派」の教授陣が追放され、新たに田中美知太郎(西洋古典哲学担当)らともに、招かれた野田又夫氏(近世哲学担当。大阪高校教師時代、桑原武夫の親しい同僚)の本(「野田又夫著作集全5巻」)を求め、ポツポツ読む機会があったが、カントについては石川文康氏の本の方がフィットしたと言える。

石川文康氏は、我々より10年年長、2013年に病没。髪型もカントの髪型に合わせるほどカントに入れ込んだ人だったようである。
 

続続続・高草山笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月 9日(土)09時32分40秒
返信・引用
  水落町自主防災隊は一度入った以上、老齢となり活動が困難になるまで隊員のようである。

鷹匠公園には9本の公孫樹の巨木がある。それが先週、黄葉となり見ごろを迎えていた。

お歳暮を届けに7時過ぎに坂本に行く。帰り、高草山笛吹段公園に立ち寄る。既に年配の方数人が登り始めていた。
初冬のこの時期、雑木林を縫っての笛吹段公園までのドライブは、精神的にも気持ちがよい。
高草山笛吹段公園からの眺めも相変わらずすばらしい。
日本のような種類のある雑木林は、世界的に珍しいかと思う。ベルギーの森はぶなが大半である。

藤枝静男氏の兄は真面目で従順な人だったらしい。やんちゃな静男氏のことを気にしてくれていたようである。静男氏もその兄を敬愛していたようだ。

静男氏の兄が、旧制静岡中学から、旧制三高を受験した際、藤枝氏家の近所のメソジスト系の教会の牧師の奥さんの世話で、奥さんの甥の三高生の下宿にやっかいになる。
その三高生が後の詩人北川冬彦だったとのこと。病で臥せっていた折、その事実を新聞か何かで知り、静男氏の兄は懐かしそうに看病している母親に語ったとのこと。

受験のとき、静男氏の兄が迷子にならないよう京都の地図を扇に手書きでメモったものを静男氏は実家から、後年譲り受けたそうである。
 

「藤枝静男著作集第1巻」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月 8日(金)18時22分0秒
返信・引用
  「藤枝静男著作集第1巻」を読んでいる。
この巻の前半は、藤枝氏が、戦後、旧八高時代の親友平野謙、本多秋五らが創刊した「近代文学」の求めに応じて、初めて著した「路」、「家族歴」等の初期作品が載っている。

第二作の「家族歴」がすさまじい。「家族歴」は藤枝氏の家族のことが書かれている。
藤枝氏の父親は永年の結核保菌者であったため、姉二人、妹一人、弟一人、兄一人(今の名古屋大医学部在学中に発病したため、やむなく医学を断念し、家で療養生活を送るものの35歳で病没)がこの病で倒れるというすごさである。
赤裸々で書かれた文章には迫力がある。

私の父親、父親の弟二人も、戦後、この病に罹っている。弟の一人は病没、もう一人の弟は、肋骨を切除し、今日まで健勝である。(先日の亡父の3回忌には90歳の高齢にも関わらず車で来ていた)

どの家にも闇(a skeleton in the closet)があるものだ。
 

Re: 続続・高草山・笛吹段公園

 投稿者:keizo  投稿日:2017年12月 4日(月)09時32分2秒
返信・引用
  > No.8444[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

> 防災訓練が午前中あり。私を含む防災隊員は、8時30分から水落公園に行き、テントの設営や、消火器訓練用の準備を行う。緊急時応急の仕方、消化訓練が終わり、片付けをして家に戻ってきたのが11時30分頃。
> 今年の町内の参加者は、およそ住民200名いる中で、約100名ほどの人が参加。これは例年並み。
> これで今年の「防災」に関する点検、訓練は終わり。ヤレヤレである。
> 年明けの1月20日に、隊員同士の新年会が近所のカラオケスナックで貸切であるとのこと。

うらちゃん、私も実は何を隠そう、今年度から防災委員にさせられました。
毎月一回の備品点検や、防災訓練、組長会議への出席等、
かなり忙しい。

私の場合、三年間やらねばならなくなりそうなので、
何とか逃げ出す口実を探しているのだが、
地域のためには奉仕しなければ・・・という気持ちも半分。

ただ慣習になっているこれまでの防災訓練や、
いろいろな活動が、本当に実践に結び付き、有効かどうかは
疑わしい面もあり、ただたんに受け身で参加するのは
問題だと思い始めています。
 

続続・高草山・笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月 3日(日)12時09分54秒
返信・引用
  昨日、高草山・笛吹段公園 に行く。今年で3回目。
公園からのパノラマは何度来ても飽きないものがある。澄んだ大気の中で、公園内の数本の広葉樹の葉は真っ赤に紅葉していた。芝地の緑、真上の青と色のコントラストが美しい。
私がいた学区は山と海があるいう面白い地域だったと思う。

ゲーテ「若きウェルテルの悩み」、オースティン「高慢と偏見」、「藤枝静男著作集第4巻」を読了する。藤枝静男著作集以外は、30数年あるいは40年振りの再読。
代わって、シュティフター「水晶」、「白鯨」、「藤枝静男著作集第1巻」を紐解く。
「水晶」、「白鯨」もやはり、30数年振りの再読となる。後何回読むことが出来ることだろうか。
ゴンブリッチ「芸術と幻影」は493/528ページまで行く。
この本も3回目である。年内には読み終えるかと思う。

防災訓練が午前中あり。私を含む防災隊員は、8時30分から水落公園に行き、テントの設営や、消火器訓練用の準備を行う。緊急時応急の仕方、消化訓練が終わり、片付けをして家に戻ってきたのが11時30分頃。
今年の町内の参加者は、およそ住民200名いる中で、約100名ほどの人が参加。これは例年並み。
これで今年の「防災」に関する点検、訓練は終わり。ヤレヤレである。
年明けの1月20日に、隊員同士の新年会が近所のカラオケスナックで貸切であるとのこと。

N先生の近作「自反尽己」内で挙げている、『ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんの言葉「うまくいった時はおかげ様、うまくいかなかった時は身から出た錆」を引用して自反尽己を説明しておられた』は、実は、私もちょっと前の毎日新聞の山中氏へのインタビュー記事でこの種の発言を読み、感動し、コラムを切り抜き、どこかの本に挟んだはずである。
 

大学人としてのカント

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月 1日(金)18時54分43秒
返信・引用
  「世界の名著・カント」で解説を受け持った野田又夫氏は、ヘルダーを挙げて、カントの人柄を紹介している。
(ヘルダーは、ゲーテと同時期の哲学者・文学者。ヘルダーは、ケー二ヒスベルク大学でカントの講義を聴いたことがある。)

@@@@@
私は幸運にもひとりの哲学者を識った。それは私の先生であった。

彼はその最も元気な時代には、若者のように陽気できびきびしたところをもっており、しかも私の考えでは最晩年までそういうところを残していたと思う。ものを考えるための広い額は、何事にもめげない快活さと喜びの宿る場所でもあり、ゆたかな思想をふくむ言葉が彼の口から流れ出、冗談や洒落などを思いのままに言うことができ、人を教える講義が人を楽しませる会話と同じだった。

ライプニッツ、ヴォルフ、バウムガルテン、クルージウス、ヒュームの考えを吟味し、ニュートン、ケプラーその他の自然学者の説く自然法則を追求するとともに。その同じ精神で、彼は当時現れつつあったルソーの諸著すなわち『エミール』や『エロイーズ』を、また最近知った新発見の自然の事実を、とりあげて評価し、そして話を常に、自然のありのままの認識と、人間の道徳的価値とへ、もどしていくのであった。

人類史、民族史、自然学、経験から、多くの例を引いて、講義や談話に生気を与えた。知るに値するものなら何にでも興味をもった。真理を拡大し闡明することに比して、人間間の悪だくみとか徒党とか偏見とか名声欲などは少しも彼の心を惹かなかった。

彼はわれわれをはげまし、みずから考えるよう強いた。圧制は彼の心には無縁であった。この人の名を私は最大の感謝と敬意とをもっていうが、それはイマヌエル・カントである。彼の姿を私はいまも喜びをもって思い浮かべる。

 

Re: 物自体 Ding an sich

 投稿者:keizo  投稿日:2017年11月30日(木)08時18分11秒
返信・引用
  > No.8441[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

うらちゃん、早速のご回答、ありがとうございました。
一読して、やはり不慣れなせいか、書いていただいたこと
咀嚼できていません。

今度じっくり、お話を伺わせてください。

取り急ぎお礼まで!!

> keizoさんへのお返事です。
>
> カントの「純粋理性批判」への入門書と言うべき「プロレゴ―メナ」は、これで3回目なのですが、
> カント入門」(ちくま新書)で説明されたことがらを思い出しながら、恐る恐る読んでいたというのが実態で、理解し得たとは言い切れません。
> ついては、答えにはなっていないと思いますが、
> ① 「物自体」はプラトンの頃からの「イデア」とかぶるところがあるように思います。
> モノを支えているイデアは、誰も見たことがなく、イデアから反映された像(現象)から想像するしか術がないこと。
>
> ② カントの功績は、我々が目にしている眼前のモノから、神、霊魂などの高度な概念に至るまで、それらに対して人間の悟性能力とは何か、また理性能力とは何かと、経験論と合理論が対立していた当時、それら諸能力の認識の在り方について定義、限界を下したもの(批判したもの)で、その定義を説く過程で、カント独特のフレーズが使われた。
> (※ヒュームの経験論とは、デカルトの合理論とは何かと問われれば答えに窮しますが)
>
> 人には、1+1=2という、誰もが誤りようのないアプリオリな主観パターン、認識能力は備わっていると思います。
> 「感覚的所与」、感覚器官を通じて感じる事柄の解釈でよろしいかと思います。
>
> まず、
> 1、「物自体」は「現象」の対立的概念?のようだが、
> まずそもそもなぜ「物自体」という概念を提示する必要性があったのかがわからない。
> 2、「経験的認識」とあるが「非経験的認識」というものはあるのか?
> もしあるとしたら、具体的にそれはどういうことを言うのか?
> 3、「感覚的諸与」の「諸与」とは何か?
> 文脈から察して、「感覚器官を通して感じたさまざまな事柄」と言い換えてよいのか?
> 4、「主観のアプリオリな認識の諸形式」とは何か?
> なぜあえて「主観」のという必要があるのか?
> 文脈から察するに、脳の中には先天的な主観的認識パターンがあるということを言っているのか?
> 5、つまりこの分全体は、我々が、「現象」として認識しているものは、
> 感覚器官を通じて、われわれの脳が先天的に持っている認識パターン
> によって主観的に把握しているものにほかならず、
> 認識対象そのもの(物自体)は、けして認識することはできない、
> という理解でよいのか?
 

Re: 物自体 Ding an sich

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月29日(水)07時19分58秒
返信・引用
  keizoさんへのお返事です。

カントの「純粋理性批判」への入門書と言うべき「プロレゴ―メナ」は、これで3回目なのですが、
カント入門」(ちくま新書)で説明されたことがらを思い出しながら、恐る恐る読んでいたというのが実態で、理解し得たとは言い切れません。
ついては、答えにはなっていないと思いますが、
① 「物自体」はプラトンの頃からの「イデア」とかぶるところがあるように思います。
モノを支えているイデアは、誰も見たことがなく、イデアから反映された像(現象)から想像するしか術がないこと。

② カントの功績は、我々が目にしている眼前のモノから、神、霊魂などの高度な概念に至るまで、それらに対して人間の悟性能力とは何か、また理性能力とは何かと、経験論と合理論が対立していた当時、それら諸能力の認識の在り方について定義、限界を下したもの(批判したもの)で、その定義を説く過程で、カント独特のフレーズが使われた。
(※ヒュームの経験論とは、デカルトの合理論とは何かと問われれば答えに窮しますが)

人には、1+1=2という、誰もが誤りようのないアプリオリな主観パターン、認識能力は備わっていると思います。
「感覚的所与」、感覚器官を通じて感じる事柄の解釈でよろしいかと思います。

まず、
1、「物自体」は「現象」の対立的概念?のようだが、
まずそもそもなぜ「物自体」という概念を提示する必要性があったのかがわからない。
2、「経験的認識」とあるが「非経験的認識」というものはあるのか?
もしあるとしたら、具体的にそれはどういうことを言うのか?
3、「感覚的諸与」の「諸与」とは何か?
文脈から察して、「感覚器官を通して感じたさまざまな事柄」と言い換えてよいのか?
4、「主観のアプリオリな認識の諸形式」とは何か?
なぜあえて「主観」のという必要があるのか?
文脈から察するに、脳の中には先天的な主観的認識パターンがあるということを言っているのか?
5、つまりこの分全体は、我々が、「現象」として認識しているものは、
感覚器官を通じて、われわれの脳が先天的に持っている認識パターン
によって主観的に把握しているものにほかならず、
認識対象そのもの(物自体)は、けして認識することはできない、
という理解でよいのか?
 

Re: 物自体 Ding an sich

 投稿者:keizo  投稿日:2017年11月28日(火)10時27分19秒
返信・引用
  > No.8437[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

カントの哲学の中心概念に「物自体」がよく出てくるのは知っているのですが、
ちょっと読んだだけで、頭が痛くなってしまい、
理解するのをあきらめてしまいます。

今回も、

>人間の経験的認識は、感覚所与を主観のアプリオリな認識の諸形式によって整序するところに生じる究極において主観的な「現象」にほかならず、それは、「物自体」のあり方をとらえるものではなく、またとらえるものではなく、またとらえうるものでもない。

で、はっ?となってしまいました。

うらちゃん、一応次のように考えましたが、
これでいいのかどうか答えてください!
(こういう難しい問題を投稿して、私を悩ませた限りは
スルーしないでお願いします(泣き))

まず、
1、「物自体」は「現象」の対立的概念?のようだが、
まずそもそもなぜ「物自体」という概念を提示する必要性があったのかがわからない。
2、「経験的認識」とあるが「非経験的認識」というものはあるのか?
もしあるとしたら、具体的にそれはどういうことを言うのか?
3、「感覚的諸与」の「諸与」とは何か?
文脈から察して、「感覚器官を通して感じたさまざまな事柄」と言い換えてよいのか?
4、「主観のアプリオリな認識の諸形式」とは何か?
なぜあえて「主観」のという必要があるのか?
文脈から察するに、脳の中には先天的な主観的認識パターンがあるということを言っているのか?
5、つまりこの分全体は、我々が、「現象」として認識しているものは、
感覚器官を通じて、われわれの脳が先天的に持っている認識パターン
によって主観的に把握しているものにほかならず、
認識対象そのもの(物自体)は、けして認識することはできない、
という理解でよいのか?



> 「現代哲学事典」(講談社現代新書)より
>
> 「現象」と対立するものとして、カントの批判哲学の中でももっとも重要な位置をしめる概念の一つ。カントによれば、人間の経験的認識は、感覚所与を主観のアプリオリな認識の諸形式によって整序するところに生じる究極において主観的な「現象」にほかならず、それは、「物自体」のあり方をとらえるものではなく、またとらえるものではなく、またとらえうるものでもない。
>
> 「物自体」としての神、自由にして不滅の霊魂などは、理論的認識の対象とはなりえず、ただ実践的行動の「要請」としてのみ考察の対象となりうるとされるのである。カント哲学の継承者たちにおいて、物自体の問題をどのように処理するかは、一つの中心問題になり、ドイツ観念論から新カント学派にいたるまで、何らかの意味でそれを捨象する方向がとられたが、今日では、「物」の概念そのものを再検討し、実態概念の歴史にさかのぼる解釈がさぐられている。
>
 

訂正 Re: 続・高草山・笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月26日(日)13時13分7秒
返信・引用
  > No.8438[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

> (車が停めてある駐車場近くの家の近くの鷹匠公園内には10本前後の公孫樹の大木がある。それらがほぼ黄葉としていた。)
→ (車が停めてある、家の近所の鷹匠公園内には10本前後の公孫樹の大木がある。それらがほぼ黄葉としていた。)

> 休憩室からの池を囲む庭園があり、これもなかなか乙なものである。田植えの頃になるとどこからか巨大な蝦蟇蛙が産卵にやって来て、その産み落とした卵が不気味であった。

→ 休憩室から望む池を囲む庭園があり、これもなかなか乙なものである。田植えの頃になるとどこからか巨大な蝦蟇蛙が産卵にやって来て、その産み落とした卵が不気味であった。

N先生のような間然する所がない文章とは天と地である。
 

続・高草山・笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月26日(日)11時16分28秒
返信・引用
  今朝もまずまずの天気であったので、いそいそと高草山・笛吹段公園に出かける。
(車が停めてある駐車場近くの家の近くの鷹匠公園内には10本前後の公孫樹の大木がある。それらがほぼ黄葉としていた。)

笛吹段公園から望む、志太平野、駿河湾は今回も一大パノラマであった。
先週より早めに家を出たのであるが、年配のハイカー、舗装道を登っていくサイクリストがちらほらと見える。
麓の中学校に私が通っていた頃、校門から501メートルの高草山の頂上を目指して、登山競争を行うのが初冬の風物詩である。早い人で20分を切ったのかと思う。私は30分前後で頂上まで登った。今はとても麓から険しい山道を登りきる自信はないが、私より年配のハイカーを見て、笛吹段公園で車を停めて登ってみようかと思う。
頂上からは静岡や富士山を望むことが出来、更なる一大パノラマが約束できる。
この時期の周囲の雑木林のありさまも気持ちがよい。
笛吹段の思い出として、公園近くに実家の茶園があり、10代の頃、父母の手伝いに茶刈りに行ったことがあるが、食事、休憩はここだった。当時はまだ公園として整備はされていない。
夏とは言え、木陰に入ると、涼しい風が吹き渡り、こんな嶮しい山にもなだかな斜面があるものだと驚いた記憶がある、

N先生の「神経質礼賛」の近作は、アニソンについてである。昨日、亡父の3回忌が終え、家に戻ってくる道中、聴いていたNHKのFM番組は、アニソンがテーマであった。ちょうど「ジャングル大帝」が司会者と作曲者の間で話題となっていた。私は、「ジャングル大帝」の出足の雄大な流れが好きである。

アトムがTV放映されたのが小学校1年生の頃。放映の頃は、TVに釘付けとなったものである。
番組スポンサーの明治製菓のマーブルチョコレートが懐かしく思い出される。

亡父の3回忌が執り行われた林そう院は、つくづく禅僧達の修行の場かと思う。今もそうであるが、坂本の奥に立てられ、日常生活を送るには不向きである。修行をするとは言え、最低の食料は必要である。托鉢か実家のような檀家からの食料の寄付があったのだろうかと思う。

休憩室には、先代の住職が布教で行った、サンフランシスコの寺院の写真が置かれてあった。
休憩室からの池を囲む庭園があり、これもなかなか乙なものである。田植えの頃になるとどこからか巨大な蝦蟇蛙が産卵にやって来て、その産み落とした卵が不気味であった。
 

物自体 Ding an sich

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月25日(土)09時31分29秒
返信・引用
  「現代哲学事典」(講談社現代新書)より

「現象」と対立するものとして、カントの批判哲学の中でももっとも重要な位置をしめる概念の一つ。カントによれば、人間の経験的認識は、感覚所与を主観のアプリオリな認識の諸形式によって整序するところに生じる究極において主観的な「現象」にほかならず、それは、「物自体」のあり方をとらえるものではなく、またとらえるものではなく、またとらえうるものでもない。

「物自体」としての神、自由にして不滅の霊魂などは、理論的認識の対象とはなりえず、ただ実践的行動の「要請」としてのみ考察の対象となりうるとされるのである。カント哲学の継承者たちにおいて、物自体の問題をどのように処理するかは、一つの中心問題になり、ドイツ観念論から新カント学派にいたるまで、何らかの意味でそれを捨象する方向がとられたが、今日では、「物」の概念そのものを再検討し、実態概念の歴史にさかのぼる解釈がさぐられている。
 

「藤枝静男著作集」第4巻

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月25日(土)08時44分54秒
返信・引用
  「藤枝静男著作集」第4巻、387/435ページまで進む。

この巻の前半は、小説、後半は書評、随筆という構成になっている。
書評が読み終え、あとは随筆が残っている。(合間をぬって拾い読みしていたからあまり時間がかからないものと思う。)
藤枝静男は、どの文章も確かな文章が並び、読んでいて安心して読み進めることが出来る。
それは藤枝静男の文学観がしっかりとしたものが確立しているせいかと思う。
第4巻が読み終えたら、第1巻から順次読む予定である。
こういう清清しい文学者を私は焼津であるが、故郷から輩出したのは誇りに思う。

今日は、亡父の3回忌が11時30分から林そう院にある。
晩秋、初冬のこの頃が気持ちがよい。
 

Re: カント「プロレゴーメナ」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月24日(金)07時59分49秒
返信・引用
  > No.8425[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

>
> カント「プロレゴーメナ」188/222ページまで進む。これで3回目の再読である。故石川文康氏の好著「カント入門」(ちくま新書)を以前読んでいたせいか、少しは文章が追えるようになったのは嬉しい。
> 私は哲学者では、理解度は別としてプラトン、カントが好きである。
>
カント「プロレゴーメナ」の3回目の通読が終わる。
私が読んだカント「プロレゴーメナ」は、中公バックス「世界の名著」シリーズの「カント」(野田又夫 編集)に所収されている。

この本には、「プロレゴーメナ」以外に「人倫の形而上学の基礎づけ<法論>」「人倫の形而上学<徳論>」の2篇が収まっている。

今回は、「プロレゴーメナ」にとどめようと思う。いずれ石川文康氏の「カント入門」の実践理性批判の解説を再び読んだ後、残り2篇を読もうと思う。

次の「名著シリーズ」は、再度、福沢諭吉にしようかと思っている。
 

Re: 高草山・笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月24日(金)06時41分34秒
返信・引用
  sakamotoさんへのお返事です。

以下、「謎の女」からコメントを貰いました。
(ご当人は見ていないと思いますが、断りもなく転写しましたことをお詫びいたします。)

@@@@@
笛吹段公園、私も大好きです。たまにピクニックに行きます。
そして、公園から、我が家はあそこだよ!と子供におしえます。
私達の結婚式で流したスライドショーでも、
笛吹段公園で撮った写真を入れました。
クリスマスにライトアップされたりもしていて、人気スポットですね。

もうすぐ12月。
私の、坂本移住計画は、今年も達成ならず。
来年こそ!

> 晩秋・初冬のころ、高草山の笛吹段公園が行くのが、最近の習わしになっている。朝から天気が好く、朝食を摂った早々、出かける。
>
> 好天と程よい気温のせいか、舗装された登山路を歩く人、ハイカーが目につく。
> 笛吹段公園のこじんまりとした駐車スペースは既に一杯であった。
>
> 笛吹段公園から、眼下の来年用に整えられた緑緑とした茶畑を始め、サッポロビール焼津工場、焼津港を始めとする志太平野が、青空の下、陽を反射した銀色に映えた駿河湾が見える。思った通り、気持ちのよい一大パノラマである。左斜めに青々とした伊豆半島もくっきりと見える。
>
> 帰り、中里の伊井直孝候(二代目・彦根藩主)産湯の井戸を見ながら、帰宅する。大河ドラマのせいか、幟がはためいていた。
>
 

高草山・笛吹段公園

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年11月19日(日)13時20分14秒
返信・引用
  晩秋・初冬のころ、高草山の笛吹段公園が行くのが、最近の習わしになっている。朝から天気が好く、朝食を摂った早々、出かける。

好天と程よい気温のせいか、舗装された登山路を歩く人、ハイカーが目につく。
笛吹段公園のこじんまりとした駐車スペースは既に一杯であった。

笛吹段公園から、眼下の来年用に整えられた緑緑とした茶畑を始め、サッポロビール焼津工場、焼津港を始めとする志太平野が、青空の下、陽を反射した銀色に映えた駿河湾が見える。思った通り、気持ちのよい一大パノラマである。左斜めに青々とした伊豆半島もくっきりと見える。

帰り、中里の伊井直孝候(二代目・彦根藩主)産湯の井戸を見ながら、帰宅する。大河ドラマのせいか、幟がはためいていた。
 

カントさんの勉強資料2

 投稿者:keizo  投稿日:2017年11月11日(土)06時34分39秒
返信・引用
  https://oshiete.goo.ne.jp/qa/752240.html

カント哲学について教えてください

解決済
気になる
0件
質問者:lalamarinne質問日時:2004/01/16 01:45回答数:2件
こんにちは。
大学で、カント哲学についての課題が出ました。
とにかくちんぷんかんぷんで、質問すら的確にできない
状況なのですが、ひとまずキーポイントである
「自由と自然の二元論」の意味が分かりません。
どなたか教えていただけると幸いです。


No.1
回答者: ghostbuster 回答日時:2004/01/17 08:43
課題がどういったものかわからないので、ちょっと回答もしにくいのですが。

まず第一段階として、ものすごく大雑把な回答をします。
さらに正確なところ、詳しいところをお知りになりたければ、補足要求してください。
あと、これはあまりに雑ではないか、と思われる方がいらっしゃいましたら、どうかご指摘ください。

二元論とは、簡単に言ってしまえば、この世界はふたつの異なるものからできている、という考え方です。

カントは世界を「自然の国」と「自由の国」とに分けます。

自然の国とは、感性の世界です。
動物はこの世界の住人であり、この世界を支配するのは必然性です。
自由の国とは、叡智(理性)の世界です。
神や天使はこの世界の住人で、肉体を持ちません。この世界を支配するのは「目的」です。
そして、人間はこのふたつの世界にまたがって存在する、と考えたのです。

カントは動物と人間のちがいを「本能」にあると考えました。
動物は本能に縛られた存在で、本能のまま行動します。
本能に定められたまま行動するので、その行為の結果は必然でしかありえません。

人間は自然の一要素である肉体を備えた存在であるけれど、それだけではなく、理性を備えている。
それゆえに、完全に本能のまま行動するのではなく、自分で考え、決定することができます(自律)。
これがカントのいう「自由」です。

人間は「自然の国」に肉体を置きながら、理性を持っているがゆえに「自由の国」の住人でもあるのです。

カントはさらにこの「自由の国」を「目的の国」とも呼ぶのですが、なぜそうなのか。
それは、お互いがお互いを「目的」として取り扱う国だからです。
目的として扱うということはどういうことかというと、

No.668603 質問:カント、ベンサムとミル

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=668603

の回答#2の前半で書いていますので、良かったら参考にしてください。

人間は、事実としてこのふたつの国にまたがって存在しているけれど、このふたつの世界の断絶は、人間のうちにあって克服されるべき、とカントは考えたのです。

ほかにもカントはいくつか回答しています。

No.671187 質問:カントの考える自由

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=671187

No.748690 質問:ショウペンハウアーやカントの「意志」

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=748690
の前半

こうした回答が参考になれば幸いです。
わかりにくいところがあれば、補足してください。

*専門家ではないので鵜呑みにしないでください!
あくまでも私がこう読んでいる、ということに過ぎないことを、くれぐれも理解しておいてください。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=668603
この回答への補足
ghostbusterさん、詳しい回答ありがとうございます。拙い質問に回答くださったおかげで、ようやく分かり始めました。お言葉に甘えて補足させていただきます。

二元論に関係していると思われますが、理論理性と実践理性の違いについて少し悩んでいます。「汝の意思の格律が常に同じに普遍的立法の原則として妥当し得るように行動せよ」とは実践理性のことのようですが、これはどのような意味なのでしょうか。

さらに「道徳補完的連続性の宗教」との関連性はどのようなものでしょうか。

あと、理性と悟性は同じものだと考えていたのですが、違いますか?

長々と申し訳ありません。回答いただければ幸いです。

@@@@@@

No.2ベストアンサー
回答者: ghostbuster 回答日時:2004/01/18 19:50
補足拝見いたしました。

答えやすいところから。

理性と悟性については
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=748690
で回答していますから、そちらを見ていただければ、と思います。
とくに、「感性」「悟性」「理性」および「現象」「物自体」はカントを読んでいく上で最重要のキーワードですから、きちんと頭にいれておいてください。

>「汝の意思の格律が常に同じに普遍的立法の原則として妥当し得るように行動せよ」

むずかしいですね。もうちょっとわかりやすく言い換えてみましょう。
「あなたの意志の格律が、いつでも同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行動しなさい」
この格律というのは、簡単に言ってしまえばポリシーです。
あなたの決めたポリシーが、いつ、いかなる場合でも、だれにも当てはまるように行動しなさい、と言っているわけです。
いつ、いかなる場合でも、だれにも当てはまるようなポリシーとはなにか。
それに関しては、後述します。

・理論理性と実践理性のちがい
理論理性いうのは、対象を理解したり概念化したりする理性の理論的知識のことで、実践理性というのは理性の実践的知識ということだ、とカントは『純粋理性批判』の前書きで言ってるんですが、前半はともかく、後半はこのままではなんのことやら、ですね。

理性の実践的知識とは何か、別の角度から見てみましょう。

カントはすべての人に、いつ、いかなる場合でも当てはまるような道徳の規則はないものか、と考えたんです。
たとえば、お年寄りには親切にすべし、という道徳律を立てたとする。
で、この道徳律にそって、電車の中で席を譲ったとする。
ところが譲られた人は、なんとなく不機嫌な顔になってしまった。
年寄り扱いされたことに腹をたてたわけです。
なんでそういうことになってしまうか。
それは、経験によって導き出されたものだから、普遍妥当性を持ち得ないのだ、とカントは考えます。

真の道徳は、個々人の経験から導き出されるものであってはならない。
別の言い方をすると、対象によって引き起こされる快・不快の感情に基礎をおくものであってはならない。
こうすればあの人も喜んでくれるだろう、と思って行動するのは、結局は自愛ないし自己の幸福を目指したものにすぎないからです。
「もし幸福になりたいと思うなら~しなさい」という道徳律を、カントは仮言命令として退けます。
真の道徳律とは、幸福などのほかの目的を達成するための手段としてあるのではなく、それ自身が目的となるようなものでなければならない。従って、そこで与えられるのは、ただ「~しなさい」と命ずる定言命令でなければならない、と考えたのです。
こういう定言命令を経験に拠ることなく見出す理性が実践理性なのです。

>「道徳補完的連続性の宗教」
ごめんなさい。これ、わかりません。
どういう文脈で出てきた言葉なのかがわかれば、もしかしたらわかるかもしれませんが、カントが宗教をどう位置づけていたのか、ちょっとわからないんです。カントの宗教に関する著作までちょっと手が回ってない(^^;)んで、ここらへん、ご存じの方にお願いしたいと思います。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=748690
 

レンタル掲示板
/235