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Re: 「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)、”The Buried Giant” (Kazuo Ishiguro)

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 2月 3日(土)09時25分45秒
返信・引用
  > No.8472[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)。残り、150頁を昨晩から今朝にかけて一気に読む。最後の頁に本選の結果が載っている。(見なくてよかったと思う。読む楽しみが半減する。)
読後、恩田陸を知っているという子どもに渡す。

ようやく「フロスト始末・上」(R.D.ウィングフィールド)を紐解くことが出来る。年末の週刊文春の海外ミステリー第二位に入った作品である。
フロスト警部シリーズはこの作品が最後である。過去の作品はいずれもその年の海外部門で第一位となっている、優れものである。

永江先生の「エディンバラにっき」も119/150頁まで読む。これから現地の小学校で教育実習が始まる。

 
 

Re: 「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)、”The Buried Giant” (Kazuo Ishiguro)

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月28日(日)10時13分41秒
返信・引用
  > No.8471[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸):
312/507ページまで進む。物語は後半に入る。
二次予選で登場人物の一人が予選通過を逃す。親の死で、一度表舞台から去った栄伝亜夜、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、養蜂家の息子、風間塵が三次予選に進む。
物語はどうなるか興味深々である。

「藤枝静男著作集」:
「藤枝静男著作集第一巻」は四巻と同様、前半は小説、後半は随筆の構成である。随筆は静男氏の師匠志賀直哉についてである、既に文芸文庫で随筆を以前、読み終えており、第二巻を取り出す。
口絵写真は、静男氏東京護国寺で佇んでいる様が載っている。

永江史朗先生「エディンバラにっき」:
昔はさほど感興が沸かなかったが、ベルギー生活、そしてスコットランドを旅した者にとって、書かれているものが中々読ませるものとなっている。
先生の何でも見てやろう、という気持ちが文章に出ていて、これも興味深い。

「渋沢孝輔詩集」(思潮社):
昨日、「静岡能」の幕間に読もうと持参する、後半の詩を読む。(今朝の静岡新聞にこの公演について触れていた。)相変わらず現代詩は難しい。
渋沢氏の評論が続く。「抒情詩の問題」を紐解く。この中で渋沢氏は現代詩の難解さについて触れている。まだ途中までしか読んでいないが、どのような見解を示すかが、楽しみである。
 

Re: 「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)、”The Buried Giant” (Kazuo Ishiguro)

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月27日(土)08時55分23秒
返信・引用
  > No.8468[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)

「芳ヶ江国際ピアノコンクール」(「芳ヶ江」は、浜松を想定)に出場する年齢、背景、あるいは国籍も異なる4人コンテスタントの一次予選、二次予選、三次予選、本選へ進行する中で発生するドラマである。

まだ500ページ中、250ページしか読んでいないが、この続きはどうなるだろうかと,ついページをめくってしまう。

「暮らしの手帖」で聖ルカ病院の医師が感想を述べていたように、読み終えるまで手元に置き、時間があれば読みたくなる本であることは分かる。
音楽という、言葉で表現し辛いものを、著者は巧みに述べ、この曲はそういう曲なのだと変に感心する。
タイトルのいわれはまだよく理解できないが、「蜜蜂」は風間塵という養蜂家の少年であることは確かである。この天衣無縫の演奏者(師匠であり、世界的な巨匠かつ故人となったピア二ストが送り込む)が物語りの一方の極であるようだ。

今日は、グランシップで「静岡能・半部、鉄輪、水汲」がある。
1/21に、藤枝で前進座の「薄桜記」を高校時代の友人の好意で一緒に鑑賞する。八木ご夫妻も鑑賞していた。
 

 投稿者:keizo  投稿日:2018年 1月23日(火)14時55分55秒
返信・引用
 

土方歳三 明治に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断 (2017年)<o:p></o:p>

悲しみの大地 樺太に眠る遺骨を求めて (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著「五輪書 宮本武蔵」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「歎異抄」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「菜根譚 (2014年)<o:p></o:p>

100分de名著「道元 正法眼蔵」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「フランケンシュタイン メアリー・シェリー」 (2015年)<o:p></o:p>

100分de名著「源氏物語」 (2012年)<o:p></o:p>

100分de名著「100分de幸福論」 (2014年)<o:p></o:p>

100分de名著「老子」 (2013年)<o:p></o:p>

100分de名著「おくのほそ道 松尾芭蕉」 (2013年)<o:p></o:p>

100分de名著「100分de日本人論」 (2015年)<o:p></o:p>

100分de名著「方丈記 鴨長明」 (2012年)<o:p></o:p>

100分de名著「罪と罰 ドストエフスキー」 (2013年)<o:p></o:p>

100分de名著「ハムレット シェイクスピア」 (2014年)<o:p></o:p>

100分de名著「孫子」 (2014年)<o:p></o:p>

100分de名著「戦争と平和 トルストイ」 (2013年)<o:p></o:p>

100分de名著「司馬遼太郎SP (2016年)<o:p></o:p>

 

Gregminsterさんのyoutubeチャンネル

 投稿者:keizo  投稿日:2018年 1月23日(火)14時53分42秒
返信・引用
  <h1 style="background:#FAFAFA"> Gregminsterさんのyoutubeチャンネル<o:p></o:p></h1>

ヒトラーの電動ノコギリ MG42 ワルサーPPK (字)<o:p></o:p>

秋の京都で国宝ざんまい 奇跡の「国宝展」と東山の名庭 (2017年)<o:p></o:p>

盗まれた長安 よみがえる古代メトロポリス (2017年)<o:p></o:p>

東京国立博物館「運慶」展  日本の仏像を変えた 天才仏師 (2017年)<o:p></o:p>

仏像ミステリー 運慶とは何者か? (2017年)<o:p></o:p>

司馬遼太郎と城を歩く「小田原城」 (2007年)<o:p></o:p>

にっぽんの城 大特集 in 小田原城 国宝 姫路城・松本城、名古屋城、京都・二条城 (2018年)<o:p></o:p>

大坂城の巨大石垣を築け 豊臣・徳川天下統一の秘密 (2015年)<o:p></o:p>

秀吉 VS. 山城スペシャル 第1夜「激突 小田原の陣」 (2017年)<o:p></o:p>

日本を生んだ戦い 新視点 壬申の乱 (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著 2 「南洲翁遺訓」 (2018年)<o:p></o:p>

?東アジアの懸け橋 遣唐使・阿倍仲麻呂の実像 (2015年)<o:p></o:p>

伝説の王・禹 最古の王朝の謎 (2013年)<o:p></o:p>

悪女たちの真実 始皇帝の母 趙姫 (2017年)<o:p></o:p>

司馬遷と武帝 「史記」誕生秘話 (2014年)<o:p></o:p>

項羽と劉邦 王者の条件 (2014年)<o:p></o:p>

曹操と孔明 乱世の英雄・知られざる素顔 (2014年)<o:p></o:p>

海賊王・村上武吉 VS. 天下人・豊臣秀吉 (2017年)<o:p></o:p>

加藤清正 熊本築城 秘められた関ヶ原逆転の戦略 (2016年)<o:p></o:p>

藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「ルソー エミール」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「代表的日本人 内村鑑三」 (2016年)<o:p></o:p>

女たちの江戸城無血開城 和宮と篤姫 大奥の闘い (2016年)<o:p></o:p>

家康、生涯最悪の決断 信康事件の真相に迫る (2017年)<o:p></o:p>

秀吉 VS. 家康スペシャル 第1集「小牧・長久手の戦い」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「デュマ モンテ・クリスト伯」 (2013年)<o:p></o:p>

悲劇のキリシタン弾圧 大人になった天正遣欧使節の決断 (2017年)<o:p></o:p>

勝海舟の秘策 江戸城無血開城への道 (2013年)<o:p></o:p>

100分de名著 1 「南洲翁遺訓」 (2018年)<o:p></o:p>

室町幕府ミステリー 観応の擾乱 史上最大の兄弟げんか (2017年)<o:p></o:p>

????リアル暴れん坊の将軍 破滅への選択 足利義教・最凶伝説 (2015年)<o:p></o:p>

応仁の乱 もうどうにも止まらない11年戦争 (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著「チェーホフ カモメ」 (2012年)<o:p></o:p>

100分de名著「フランクル 夜と霧」 (2012年)<o:p></o:p>

本当の幸いを探して 教師・宮沢賢治 希望の教室 (2017年)<o:p></o:p>

「県」誕生 奇跡の無血革命 大久保利通・廃藩置県の舞台裏 (2017年)<o:p></o:p>

ニッポンのあけぼの 古代人のこころと文明に迫る (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著「苦海浄土 石牟礼道子」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「レヴィ・ストロース 野生の思考」 (2016年)<o:p></o:p>

桶狭間の戦い 織田信長 今川軍撃破の秘密 (2017年)<o:p></o:p>

池田屋事件 新選組マジックの謎を暴く (2017年)<o:p></o:p>

川中島の戦い 上杉 VS. 武田 激戦の秘密 (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著「星の王子さま サン=テグジュペリ」 (2012年)<o:p></o:p>

100分de名著「カフカ 変身」 (2012年)<o:p></o:p>

古代史ミステリー 巨大古墳の国際戦略 半島危機と倭の五王 (2017年)<o:p></o:p>

敗北 白村江の戦い なぜ巨大帝国に挑んだのか? (2017年)<o:p></o:p>

100分de名著「カント 永遠平和のために」 (2016年)<o:p></o:p>

100分de名著「万葉集」 (2014年)<o:p></o:p>

真説・薩長同盟 若き家老・小松帯刀の挑戦 (2016年)<o:p></o:p>

明治外交秘史 榎本武揚 驚異の対ロシア戦略 (2017年)<o:p></o:p>

土方歳三 明治に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断 (2017年)<o:p></o:p> 悲しみの大地 樺太に眠る遺骨を求めて (2017年)<o:p></o:p> 100分de名著「五輪書 宮本武蔵」 (2016年)<o:p></o:p> 100分de名著「歎異抄」 (2016年)<o:p></o:p> 100分de名著「菜根譚 (2014年)<o:p></o:p> 100分de名著「道元 正法眼蔵」 (2016年)<o:p></o:p> 100分de名著「フランケンシュタイン メアリー・シェリー」 (2015年)<o:p></o:p> 100分de名著「源氏物語」 (2012年)<o:p></o:p> 100分de名著「100分de幸福論」 (2014年)<o:p></o:p> 100分de名著「老子」 (2013年)<o:p></o:p> 100分de名著「おくのほそ道 松尾芭蕉」 (2013年)<o:p></o:p> 100分de名著「100分de日本人論」 (2015年)<o:p></o:p> 100分de名著「方丈記 鴨長明」 (2012年)<o:p></o:p> 100分de名著「罪と罰 ドストエフスキー」 (2013年)<o:p></o:p> 100分de名著「ハムレット シェイクスピア」 (2014年)<o:p></o:p> 100分de名著「孫子」 (2014年)<o:p></o:p> 100分de名著「戦争と平和 トルストイ」 (2013年)<o:p></o:p> 100分de名著「司馬遼太郎SP (2016年)<o:p></o:p>
 

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)、”The Buried Giant” (Kazuo Ishiguro)

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月21日(日)09時38分45秒
返信・引用
  「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)、”The Buried Giant” (Kazuo Ishiguro)

前者は、「暮らしの手帖」冬季号で、連載のコラム記事を受け持つ、聖ルカ病院の医師が記事の中で、激賞していた作品。
本としてはかさばる作品(500頁)にも拘わらず、内容に面白さに引き込まれ、時間を惜しんで読んだ作品という感想を読み、購入し、読み始める。評判に違わず、展開となっている。

後者は、私が、勤務先の同僚に、ノーベル文学賞発表時、奇しくもイシグロの作品2冊を読んでいることを伝えると、彼女は、それを忘れず、年末年始を、娘さんが留学しているイギリスで過ごした際、帰国後、土産にくれた作品。この作品も、抑制がきいた品のよい文章で始まっている。
 

Re: 永江史郎 先生「エディンバラにっきーそして四十年」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月20日(土)10時08分11秒
返信・引用
  > No.8466[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

永江史朗先生「エディンバラにっき」(黒船印刷):

永江史朗先生の「エディンバラにっき―そして四十年」を読み終え、四十年前(1978年)に刊行された先生の「エディンバラにっき」を取り出し、紐解く。

40年振りのため、中身はほとんど忘れていたので、新作を読むような感じである。
当時の永江先生は40歳を少し超えた頃で、教師として脂が乗り切った頃である。
まだ読み始めたばかりであるが、海外での2回目の研修、それが本人が望んでのことでもあり、見るものすべて好奇心を持っていることが文章にも現れている。
藤枝東高時代には、教わったことがないが、外見から想像できなかった「英語」教育にかける情熱が伺われる。

この本が出た1978年は、永江氏は、県の教育委員会で教育行政に携わる。
本の最初のページに永江氏の上智大の先輩にあたる渡部昇一教授が発刊に寄せての辞がある。
永江氏は、エディンバラで研修中に、偶々英語について研究中の渡部氏に会う機会があり、英語教育について聞く機会があった。

次ページには、当時の藤枝東高校長の野口太弥氏の推薦の辞があり、本人のあとがきの前ページには藤枝東高時代の同僚、戸塚恵三先生(国語の先生。お名前を存知あげている。この時は清水東高勤務。この方も国語教育について熱心な方だったと今は思う)の「友人のひとりとして」の辞が載っている。
さし絵は匂坂圭子さんという方が描かれている。(藤枝東高の教え子かと思ったが、ネットで検索するとどうやら、英語教育に携わっている友人のようだ)

「エディンバラにっき―そして四十年」では先生は現地でレンタカーをチャーターし、奥様をナビゲーターにして自分で運転しているのに驚く。
旅の後期には、アイルランドに寄っている。私も感銘を受けたダブリンのトリニティ・カレッジの知的殿堂である厳かな図書館について触れている。
先生は、好奇心は80を超えても相変わらず現役で、それが羨ましい。
 

永江史郎 先生「エディンバラにっきーそして四十年」

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月14日(日)18時06分16秒
返信・引用
  永江史郎先生「エディンバラにっきーそして四十年」(静岡新聞社刊)が年末刊行された。

私自身は、永江先生が藤枝東高に勤務されていた頃は、英語を教わることはなかった。しかし、我々が高2の頃、先生がプリンストン大学で英語研修に訪米し、戻ってきてから、向こうでの報告会が剣道場であり、直に聴く機会はあった。
話の内容は忘れたが、戻ってきてからは、当時の大抵の教師が白の半そでを着用している中、彼は赤系統の柄物に変わり、「赤シャツ」と呼ばれていたと思う。いかにも外国研修帰りの風情を漂わせていた。
小柄で黒縁の眼鏡をかけていた。

我々が大学を卒業した頃、先生はエディンバラ大学にやはり英語研修に出かけ、その時の感想をまとめ、「エディンバラにっき」(昭和53年。黒船印刷)を出した。偶然にも江埼か谷島屋書店で見つけ、購入した。今も本棚にある。

あれから四十年が過ぎ、昨年の夏に三度エディンバラを訪問したときの感想をまとめたのが「エディンバラにっきーそして四十年」である。
懐かしく、買ってしまった。早速、最初の数ページを読み始める。

東高関係者(教え子、教職員)、他の中でも、四十年前に出たものと今度のもの2冊持っている人はレアだと思う。

私も実はスコットランドが何となく好きで、ベルギーにいた頃は4回くらい行ったような気がする。

巻末の著者紹介を見ると、先生は、北海道出身。上智大の英語科で英語を学ぶ。藤枝東高で英語を教え、その後、県教育委員会勤務後、焼津中央高校、袋井商業高校、榛原高校の各校長を勤めた後、退職。退職後、中国やパキスタンで日本語教育に携わっていたようだ。
著者近影も、髪は白くなっているが風貌が昔と変わっていないようだ。

別件であるが、同じ静岡新聞社刊で杉田泰一氏の随筆が最近出た。これは私の勤務先でレイアウト、印刷したもの。
うかつにも今日まで気づかなかったが、大学の2年でとった教養「哲学」の先生である。静高ー東北大でハイデカーを研究したようである。
 

句会のアフター

 投稿者:蒼天  投稿日:2018年 1月 9日(火)05時28分53秒
返信・引用 編集済
  > No.8464[元記事へ]

keizoさんへのお返事です。

ご返信 有難う御座いました。

> これまでのお人好し日本はなされるがままに蹂躙されてきたような

それも「天命」なのかもしれません(^_^;)


さて
年末おにく議員宅での忘年会は
清美さんが 八木家トランプ大会でご欠席
洋行さんも、
啓造君も、
派手目・元気目な渡村さんも ご欠席。
ということで
割とおとなしい方々ばかりでしたので、
まだ準備が始まる前から飲み始めた私が
一人で できあがり しゃべりまくっておりました。
しかし 結構ウケていた場面もありましたので
気持ちよかったです。
(厳密には「失笑を買っていた(^_^;)」)

ところで
句会のアフター どうします?

新年会?

連絡すれば 洋行さん来られるかもしれません。
昨夜 以下のようなメールをいただきました。

【 あけましておめでとう

  草鹿を的に山家の弓始め

  浜松市の山村川名の鹿うち神事の印象です。
  この村は井伊直虎の親戚の村で、中世以来の予祝神事芸能を伝えます

  新年の俳句は、もう詠み合いましたか?
  啓造くんや哲ちゃんの句を配信してほしいものです。       】


別件。
市議選出馬予定の同級生は

神戸好伸(かんべよしのぶ)

と申します。(宣伝)

よろしかったら 応援宜しくお願い致します。
とお願いしつつ
私自身
同級生らと共に 惜しみなく彼に協力しつつも
他の候補者に投票する可能性「無きにしも非ず」なのですが(^_^;)
 

Re: 日本人の生き方、祈り方

 投稿者:keizo  投稿日:2018年 1月 8日(月)12時19分46秒
返信・引用
  > No.8463[元記事へ]

蒼天さんへのお返事です。

素晴らしいエッセーを紹介してくださりありがとうございます。

伊勢さんの文章を久しぶりに拝見しましたが、
話の運びがさすがにうまいですね。

論旨も明快ですっと頭に入ってきます。

欧米の「目標達成型」に対して、日本の「天命追求型」の生き方の
長所や優位性を述べる論旨になっていると思いますが、
なるほどなと思いました。

しかしこれは一歩間違うと、
「シナリオ発想型」と「行き当たりばったり型」とに
反転するのではないかと思いました。

西欧型の周到なシナリオ発想によって、
これまでのお人好し日本はなされるがままに蹂躙されてきたような
気がいたしますね。
 

日本人の生き方、祈り方

 投稿者:蒼天  投稿日:2018年 1月 7日(日)09時20分58秒
返信・引用
  おはようございます
本日 お休みです。

午後は
小中学校時代の同級生が市議選に初出馬するので
同級生で 彼の家に集まり(14名)
選対会合(2回目)です。

ちなみに「かんべよしのぶ」と申します。

さて
先刻着信のメルマガ
皆様のご参考になる部分もあるかもしれないな
と思い
@以下に貼り付けさせていただきます。

@@@@@@@@@@@@

国柄探訪: 日本人の生き方、祈り方

日本人は「祈り」と「天命追求型」の民族。

■1.神社は「願う」場所ではなく「祈る」場所

 お正月に神社に初詣に行った人も多いと思うが、何をお祈りしただろうか。筆者は昔から神社で個人的なお願いをするのは、よくないのではないかと考えていた。たとえばたまにしか合わない相手が、あなたに会うたびに「あれをしてください」「これを頼みます」とお願いするばかりだったら、神様だって「いい加減にしてくれよ」と思うだろう。

 それよりは会うたびに「お陰様で元気でやってます」などと感謝されたら、「これからもいろいろ面倒をみてやろう」と思うはずだ。だから神社とはお願いをする場所ではなくて、感謝をする場所ではないか、と考えていた。

 身体のどこかに多少の不調があっても、まずまず元気で毎日を過ごしていけること。名声や富とは縁遠くとも、張り合いをもって日々の仕事や家事、育児に取り組める。そうしたことを神様に感謝するのである。

 しかし最近読んだ本で、それも不十分だ、ということを知った。「ありがとうございます」と言うのも、自分に関することで感謝しているだけでは、まだまだ自分本位だ、とその本は言う。白駒妃登美さんの最新刊『幸せの神様に愛される生き方』[1]である。

__________
・・・「願い」というのは、自分のために叶えたいもの。それに対し、世のため人のため、自分を超えた存在のために叶えたいものが「祈り」なのだよと、ある方が教えてくださいました。・・・
 日本人の誇りを育むためにも、神社は、「願う」場所ではなく「祈る」場所でありたいなと思います。[1,p80]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■2.江戸時代の経営者は「商売繁盛」とは祈らなかった

 商売人や経営者は、神社にお参りして「商売繁盛」を願う人が多いだろう。ところが、江戸時代の経営者は「諸国客衆繁盛」を祈ったという。

__________
「諸国」は「全国」、「衆」には「すべての」と言う意味があります。自分の店に商品を買いに来てくれる人だけではなく、仕入先や取引先も含めて、広い意味で、「すべてのお客様」、それが「客衆」です。
「商売繁盛」は、「自分の商売がうまくいきますように」と言う願いです。それに対して「諸国客衆繁盛」というのは、「自分につながるすべてのお客様の商売がうまくいきますように」と、すべてのお客様の繁栄を祈るものなのです。[1, p76]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[a]でも、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」が伝統的な日本の経営の理想であることを述べたが、この「諸国客衆繁盛」こそ、その「三方良し」への祈りだったのだろう。

__________
「商売繁盛」は、自分が幸福であるために、自分で自分に鞭打って頑張る感覚です。でも、「諸国客衆繁盛」の世界では、自分以外の全ての人が、自分を応援してくれる人なのです。これならば、絶対商売がうまくいきますよね。[1, p76]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■3.地獄と極楽の違い

 この道理を子供にもわかるように説いた譬え話がある。

__________
 私は以前、子供向けに描かれた仏教の絵本を見て、驚いたことがあります。その絵本によると、地獄も極楽も、人々を取り巻く環境は、なんと同じなのです。どちらも、目の前に、素晴らしいご馳走が並んでいます。そして地獄も極楽も、人々は三メートルぐらいある長い箸を使って、そのご馳走を食べなければいけません。
 地獄はみな、その長い箸を使って自分で食べようとするので、うまく食べられません。みな、カリカリ、イライラしているのが地獄です。[1, p79]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 しかし極楽では同じ環境なのに、皆がとても上手に食べて、皆満ち足りていて、ニコニコとびっきりの笑顔で過ごしている。白駒さんは小学校入学前の息子さんに「どうやって上手に食べているのか」尋ねた。「わかった、手で食べるんだ」とか「箸がぐにゃと曲がるんだ」と最初は答えていたが、「違う」と言われると、しばらく考えていて、突然、瞳がキラキラっと輝いた。

__________
「わかった! 隣の人に「あーん」ってしてあげるんだよ。そうしたら、その隣の人が次の隣の人に「あーん」ってしてあげて、また次の人が「あーん」。最後は僕が誰かに「あーん」ってしてもらえるから、皆が食べられるんだね」と言ったのです。[1, p80]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 皆が自分だけの事を願うよりも、皆が他者のために祈っている方が、はるかに社会全体が幸せになる、と言うごく簡単な原理を、このたとえ話は説いている。


■4.「人間は本能的に、人のために生きることを喜びとする」

 白駒さんと息子さんの会話の部分で感銘深いのは、次の一節である。

__________
 私は、そうやって人々と助け合う姿を思い浮かべた時の、息子の瞳の輝きが尋常ではなかったので、人間は本能的に、人のために生きることを喜びとするという一面を持っているのだなと、とても驚き、感銘を受けたことを覚えています。[1, p80]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 1月末に発行される拙著の最新刊『日本人として知っておきたい皇室の祈り』[b]の「あとがき」で、こう書いた。

__________
 利他心とは人間の本能に備わった特質なのではないか、と私は考えています。・・・

 人間が群れをなして暮らす動物であった以上、利他心はグループ全体の生存のために必要なことです。それゆえに進化の過程で、利他心が人間の本能にビルトインされたと考えれば、極めて合理的な仮説のように思えます。とすれば、利他心を発達させることは自己実現の一つのステップとして、幸福に至る道なのではないかと考えられます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 息子さんの「瞳の輝き」は、「利他心は人間の本能の一部」という仮説のもう一つの例証だろう。


■5.「夢」と「志」の違い

 冒頭で引用した「願い」と「祈り」の違いを説明したところでは省略したが、次のような一文が挟まれていた。

__________
「願い」と「祈り」の違いは、「夢」と「志」の違いと重なります。夢以上に志を大切にしてきた日本人は、「祈り」の民族でもあるのですね。[1, p80]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「夢」と「志」の違いを、白駒さんは次のように説明している。

__________
「夢」は、自分が叶えたいもの。言ってみれば「for me」の思いが「夢」なのだと思います。でも「志」は、自分が叶えなくても他の誰かが叶えてくれたらそれでいいと思えるような、我を超えた、我を手放した、もう一段高いレベルの思い。言ってみれば「for you」の思いが「志」なのではないかと思うのです。
そして私は、「志」を持った時に、私たち日本人のDNAがオンになるのではないかと感じています。[1, p30]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■6.アメリカ人の「目標達成型」、日本人の「天命追求型」

 「夢」を実現する方法論として、アメリカ流の「成功哲学」がある。白駒さんもかつては成功哲学の信奉者だったという。

__________
 私は、今でこそ日本が大好きで、その歴史や文化を語ることが何よりの喜びですが、実は若い頃は、日本が嫌いでした。欧米に憧れていて、生き方でも、例えば『マーフィーの法則』やナポレオン・ヒル、カーネギーといった、アメリカ型の成功哲学にどっぷりつかっていて、常に目標を持ち、それを追いかけてきました。
 アメリカ型の成功哲学は、まず夢を持つことから始まります。その夢に期限をつけて目標とし、その目標を達成するために計画を作るのです。[1,p27]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 10年後の目標のために、5年後、3年後、1年後の目標を逆算し、そのために今月、今週、今日やるべき事を考えていく。「今」は「未来」のための1ステップなのである。

 しかし、白駒さんは日本の歴史、日本人の生き方を改めて振り返ったとき、アメリカ型の成功哲学を実践して幸せになった日本人はいないのではないか、と言うことに気がついたという。そして「今、ここに」全力投球した時に道が開ける。それを積み重ねる事で、天命によって運ばれていくというのが、日本人の生き方なのではないか、と言う。

 アメリカ型の成功哲学が「目標達成型」の生き方だとしたら、日本人が歴史に刻んできたのは、「天命追求型」の生き方と言えるのではないか、と白駒さんは考える。


■6.ノーベル賞に至った志

 拙著『世界が称賛する 国際派日本人』[c]で、国際社会から称賛された日本人十数人を取り上げたが、確かにこれらの人々全てが「天命追求型」の生き方をしていた。

 たとえば、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授。大村教授の開発したメクチザンによって、WHO(世界保健機関)の発表では、西アフリカ諸国で約4千万人がオンコセルカ症の感染から逃れ、60万人が失明から救われた。

 そのきっかけは、大村教授が夜間高校の先生をしていた時、昼間は油にまみれて働き、夜は学校で必死に勉強に取り組んでいる生徒たちの姿を見て、「自分も学び直そう」と思った事だった。そこから猛勉強をはじめ、東京理科大学の大学院修士課程に入学すると、夜は高校の教師、週一日の高校の研究日を金曜日として、金土日の三日間は大学で実験に打ち込む、という生活を送った。

 その姿に心打たれた大学の先生方、さらにはアメリカの一流教授たちも大村教授を指導し、協力し、ついにはノーベル賞に受賞に至った。筆者はこう結んだ。

__________
 大村の偉業は、多くの人々に導かれ、助けられ、支えられて、成し遂げられた。まさに「一期一会」の精神で、多くの人々との出会いを大切にしてきたからだろうが、その姿勢も「自分はもっと何かをしなければ済まない」という初志に支えられていたのだろう。
 そういう志を持っていればこそ「袖振り合う縁」を生かせる。そして、そういう人には世間も助力を惜しまないし、天も必要な時に必要な人に出会わせてくれるのだろう。[c, p21]
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■7.「夢」は自分の限界を作ってしまう


「夢」と「志」には、もう一つ大事な違いがある。

__________
 アメリカ型の成功哲学を追求し、強い心を持ってチャレンジしている間は、夢は叶いますが、逆に言えば、夢しかかなわないのです。「夢が叶ばいいじゃないか」と多くの人はおっしゃるでしょう。でも、自分が描いた夢が最高の人生であるということは、・・・、自分の限界を自分で作っていることになるのではないでしょうか。
人間の可能性は、そんなもんじゃない、私たちが描く夢よりも、私たちの潜在能力は、可能性は、もっと大きいと思うのです。[1, p49]
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 夜間高校の先生を出ている頃の大村教授は大学院修士課程の入学を目指して、猛勉強していた。その時にアメリカ型の成功哲学によって目標を描いたとすれば、一流の研究者になるという程度の夢だったろう。

 しかし、大村教授はいろいろな人々とのご縁を得て、親切な助言や指導に一生懸命応え、そのご恩に報いようと努力する過程で、一段一段と活動の舞台が広がり、微生物の力を使って人類を救うという天命が少しずつ明らかになり、ついには四千万人もの人々を救うに至った。夜間高校の先生だった頃には、「夢」にも思わぬ偉業であった。


■8.日本人の遺伝子

 「目標達成型」の生き方では、自分のための「夢」を抱き、その「未来」のための準備として「今」を捉える。その生き方では、現在、たまたま出会った人々とのご縁を大事にしようとか、いただいたご恩に報いよう、と言う心がけとは、すぐには結びつかない。

 一方、「天命追求型」の生き方では、今の一瞬一瞬を他者のために懸命に生きる。たまたま出会った人々とのご縁を大切にし、また頂いた恩になんとか報いようとさらに努力する。その結果、自分では思いもよらなかった偉大な功績につながる事がある。

 これこそ我々のご先祖様が「祈り」「志」「ご縁」「ご恩」「お陰様」「天命」などの言葉によって子孫に伝えてきた日本人の生き方だろう。あなたが、これらの言葉を懐かしいと思えるなら、それはあなた自身の心に潜む日本人の遺伝子が反応しているのである。

 白駒さんの言うように、我々日本人は「祈りの民族」である。「天命追求型」の生き方を大切にしてきた。だからこそ、神社では他者のための「祈り」を捧げるのが良い。その「祈り」によってあなたの心の中にある日本人の遺伝子が目覚めていく。そのような人にこそ、神様も3メートルの長い箸で、「あーん」っと幸せを運んでくれるだろう。
                                        (文責 伊勢雅臣)
 

Re: 謹賀新年

 投稿者:蒼天  投稿日:2018年 1月 3日(水)18時54分44秒
返信・引用 編集済
  > No.8461[元記事へ]

くむすたさんへのお返事です。

私は 正月3ヶ日 勤務でした。
といっても 朝だけですが(^_^;)


【昼酒を妻に許され お正月】

焼酎甲類を飲み
2.7リットルの無糖日本酒も飲ませていただきました。
2.7リットルは 2日で飲んでしまいました。

それで 先刻 また買いに行った次第であります。

【酒買いに行くを 鴉に見られてる】

>   明けましておめでとうございます。
>
>   穏やかな元旦を迎えることができました。
>
>   皆様はいかがでしょうか。
 

謹賀新年

 投稿者:くむすた  投稿日:2018年 1月 1日(月)11時10分42秒
返信・引用
    明けましておめでとうございます。

  穏やかな元旦を迎えることができました。

  皆様はいかがでしょうか。
 

謹賀新年

 投稿者:sakamoto  投稿日:2018年 1月 1日(月)09時28分59秒
返信・引用
  啓造君、皆様

旧年中は大変お世話になりました

今年もどうぞよろしくお願いいたします

平成三十年 元旦

(※平成も三十まで来たのですね!)
 

謹賀新年

 投稿者:keizo  投稿日:2018年 1月 1日(月)06時51分10秒
返信・引用
  皆さんあけましておめでとうございます。

皆様のご健康、ご活躍をお祈りいたします。
今年もよろしく!

うらちゃん、毎年恒例のRing Out, Wild Bells、ありがとう!
 

Ring Out, Wild Bells

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月31日(日)08時34分47秒
返信・引用
  今年もお世話になりました。
ブン吉さんの近況、ありがとうございました。電話を貰った後、電話を入れました。入院生活は続くようですが、声は意外と元気そうで、ほっとしました。

来年もよろしくお願いします。

恒例かどうか分かりませんが、スウェーデンは1897年以来、大晦日の晩に俳優が以下の詩を朗読する伝統が続いているようです。

@@@@@@
「打ち出せ、荒ぶる鐘よ」
アルフレッド・テニスン

打ち出せ、荒ぶる鐘よ、荒れ狂う空へ
疾駆する雪と、凍てついた月へ
この年は夜の中で死にかけている
打ち出せ、荒ぶる鐘よ、そして死なせるのだ

打ち出せ、古きものを、打ち入れよ、新しきものを
響き渡れ、幸せの鐘、雪の世界に
この年はもう行く、行かせるのだ
打ち出せ、欺瞞を、打ち入れよ、真実を

打ち出せ、心萎えさせる悲しみを
もうここには見えぬ者たちへの
打ち出せ、富者と貧者の確執を
打ち入れよ、全人類の救済を

打ち出せ、次第に消えてゆく大義を
そして古ぼけた政争を
打ち入れよ、より高貴なる生の歩みを
より優しき礼節と、より純粋な法律を

打ち出せ、欲望と心労と罪とを
時代の不実な冷たさを
打ち出せ、打ち出せ、我が悲しき韻詩を
が、打ち入れよ、より十全なる吟遊詩人を

打ち出せ、地位と血へのおごりを
巷間の中傷と悪意とを
打ち入れよ、真実と正義への愛を
打ち入れよ、善への普遍の愛を

打ち出せ、古き悪しき病を
金塊への深まる欲望を
打ち出せ、幾千のいにしえからの戦いを
打ち入れよ、幾千年の平和を

打ち入れよ、勇敢で自由な人間を
より大きな心とより温かい手の
打ち出せ、大地の暗闇を
打ち入れよ、救世主となる者を



Ring Out, Wild Bells

Ring out, wild bells, to the wild sky,
  The flying cloud, the frosty light;
  The year is dying in the night;
Ring out, wild bells, and let him die.

Ring out the old, ring in the new,
  Ring, happy bells, across the snow;
  The year is going, let him go;
Ring out the false, ring in the true.

Ring out the grief that saps the mind,
  For those that here we see no more;
  Ring out the feud of rich and poor,
Ring in redress to all mankind.

Ring out a slowly dying cause,
  And ancient forms of party strife;
  Ring in the nobler modes of life,
With sweeter manners, purer laws.

Ring out the want, the care, the sin,
  The faithless coldness of the times;
  Ring out, ring out my mournful rhymes,
But ring the fuller minstrel in.

Ring out false pride in place and blood,
  The civic slander and the spite;
  Ring in the love of truth and right,
Ring in the common love of good.

Ring out old shapes of foul disease,
  Ring out the narrowing lust of gold;
  Ring out the thousand wars of old,
Ring in the thousand years of peace.

Ring in the valiant man and free,
  The larger heart the kindlier hand;
  Ring out the darkness of the land,
Ring in the Christ that is to be.


アルフレッド・テニスン


初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson, 1809年8月6日 - 1892年10月6日)は、ヴィクトリア朝時代のイギリスの詩人。美しい措辞と韻律を持ち、日本でも愛読された。
リンカンシャー州サマズビーに牧師の子として生まれる。1831年までケンブリッジ大学に学び、1827年兄のチャールズやフレデリクとともに詩集『Poems by Two Brothers』を出版したが、単独の詩集『Poems Chiefly Lyrical』(1830年)はジョン・キーツの影響を示している。次いで1833年『シャロットの妖姫 The Lady of Shalott』を発表したが酷評され、以来10年間沈黙する。
1832年に学友のハラム(Arthur Henry Hallam)と大陸を旅行するがその翌年にハラムが急死し、強い衝撃を受けて彼を弔う長詩『イン・メモリアム』In Memoriam A.H.H.を書き始め、十数年にわたる自己の思想の成長をも織りこんで1849年に完成させた。友人の死と進化論によって揺れ動く信仰をうたった詩であり、序詩は「つよき神の子、朽ちぬ愛よ」として讃美歌275番に収録されている[1][2]。1842年『Poems by Alfred Tennyson』で名をなし1845年に年金を授与された。1847年に叙事詩『The Princess』を発表し、1850年ウィリアム・ワーズワースの後継者として桂冠詩人となった。この年に結婚している。
1855年『Maud』、1859~64年にかけてアーサー王伝説に取材した『国王牧歌』や、哀れな水夫の物語詩『イノック・アーデン Enoch Arden』(1864年)、『Locksley Hall Sixty Years After』(1886年)を発表し、1884年にはテニスン男爵に叙せられた。1889年の短詩『砂州を越えて Crossing the Bar』は辞世の歌として名高い。
1892年に死去し、ウェストミンスター寺院に埋葬された。葬式では愛唱した讃美歌、「聖なる、聖なる、聖なるかな」が歌われた。次男ハラム(後の第2代オーストラリア総督)が爵位を継いだ。現在、テニスン男爵の爵位は6代目のデヴィッド・テニスン(1960年生まれ)が継承している。

 

再び投稿制限が

 投稿者:keizo  投稿日:2017年12月19日(火)15時21分29秒
返信・引用
  かかってしまって、発言できませんでした!
皆さん忘年会に来てくれてありがとう。

あの日前後。ちょっと仕事がきつくて
準備が十分にできませんでした。ゆるしてくださいねー!

@@@



sakamotoさんへのお返事です。

> 今朝の毎日新聞の「家族」というコーナーを見ると、何と「脳研究者 池谷裕二さん」が出ていた。
> 1970生まれであるから、我々より13歳下。
>
> … 小学校のときはずっと遊んでいました。成績は常に真ん中以下でした。興味をもつとのめりこみ、その分野の本ばかり読んでいるような子でしたが、両親は本当に自由にさせてくれました。特に父は、僕が何に興味を持っているかをよく見ていました。
>
> 星に夢中になると星の図鑑を、さらにはまると天体望遠鏡を買ってくれる。釣りが好きとみれば毎週海釣りに連れて行ってくれました。実体験を大切にする子育てをしてもらいました。それが自分の中でも今も生きています。

池谷さんはどこの中学校出身なんですかね?
池谷姓は焼津にはあまりいないような・・・。
僕も何冊かこの立派な後輩の本を読ませてもらいました。
近所の図書館には、特設コーナーもあります。

彼の言葉の中で、「頭の良さとは、適切な反射である」というフレーズが
「なるほどなあ」と深く感銘し、心に残っています。

多くの知識を持ち、複雑な思考力を持っていても
それが正しく迅速なアウトプットに結び付かなければ、
またそれが世の中の改善、進歩に結び付かなければ、
「頭のよさ」とは言わない、という脳科学者としての
シンプルな結論がすごいとと思ったのです。

> ハイハイ青山代議士よりも、こちらの後輩の方が誇りに思う。
> 最近まで、私が車で使う道の土塀に青山氏のポスターが貼ってあったが、別の同じ党のポスターに替えられていた。

世の中は冷たいものですね。
その程度のことなら、どんな代議士も
多かれ少なかれやっているのではと思うのですが・・・。
この方、枝野さんの後輩でもあるんですよね。
おそらく、何らかの反立憲民主党の政治的策謀が働いての、
ネガティブキャンペーの意味もあったのではないかと思います。
ハイハイさんの捲土重来を期待したいと思います。

しぞーかおでんは、近所のスーパーに牛筋が売っておらず、
牛ひき肉を使ったロールキャベツでごまかそうと思っていたのですが、
作るのがめんどくさくなってしまいやめてしまい、
我ながらインパクトに欠けたものとなってしまって残年!
さすがうらちゃん、去年の味を覚えていてくれたんですね(汗)!
 

脳研究者 池谷裕二さん

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月17日(日)09時40分10秒
返信・引用
  今朝の毎日新聞の「家族」というコーナーを見ると、何と「脳研究者 池谷裕二さん」が出ていた。
1970生まれであるから、我々より13歳下。

… 小学校のときはずっと遊んでいました。成績は常に真ん中以下でした。興味をもつとのめりこみ、その分野の本ばかり読んでいるような子でしたが、両親は本当に自由にさせてくれました。特に父は、僕が何に興味を持っているかをよく見ていました。

星に夢中になると星の図鑑を、さらにはまると天体望遠鏡を買ってくれる。釣りが好きとみれば毎週海釣りに連れて行ってくれました。実体験を大切にする子育てをしてもらいました。それが自分の中でも今も生きています。

ハイハイ青山代議士よりも、こちらの後輩の方が誇りに思う。
最近まで、私が車で使う道の土塀に青山氏のポスターが貼ってあったが、別の同じ党のポスターに替えられていた。
 

ありがとうございました

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月17日(日)09時12分55秒
返信・引用
  > No.8452[元記事へ]

keizoさんへのお返事です。

> sakamotoさんへのお返事です。
>
> うらちゃん、みてますかー?!
>
> 良いコラム紹介してくれてありがとう!
>
> 明日は忘年会
>
> 3:30からです。
>
昨日は、大変お世話になりました。
奥さまがご用意されれた春巻き、啓造君お手製の浅漬け、一口カツ、しぞーかおでん、サンドウィッチ、他を美味しく頂きました。
私だけがパクパク食べてしまい、失礼しました。

私の家でも年末年始になると、しぞーかおでんが用意されます。偏食の子どもがあまり食しないので以前より作る回数は減りましたが。
私の家は、牛すじの入った、黒々したやや甘口のもので、本格化のしぞーかおでんです。黒はんぺんも出汁のせいでいっそう黒くなっています。
静岡の人は、それぞれの家の親から子へと受け継いだ味付けがあるようです。


画家の山本さんを除いて、60歳、61歳。それぞれの風貌を見ながら、自分もこのような風貌をしているんだなと変な感慨を覚えました。

忘年会に向かう道中、静岡駅前の戸田書店に寄る。本屋はいいですね。自分が立ち寄るコーナー以外にも他のコーナーを見る機会があり、これは本屋の楽しみかと思います。北安東で働いたいた人をみかけ、ここにいるのだと安心しました。
「死の都ブリュージュ」を見つけ、次の誕生日祝の図書カードで買おうかなと思います。
イシグロ・カズオのコーナーも充実していました。
しかしながら、北安東の戸田書店のレイアウトは、私は好きでした。読み手のことを考えた配置だと思います。

藤枝文学舎の「ごたごた」の顛末、少し心配です。小川国夫氏を知っている人(一家言)が多いので運営も大変かと思います。

国定氏のホームページがなかなかアップデートされていないようです。入院生活が長引いているのか、これも気になる。

 

『走り続けて・「「塞翁が馬」「おかげさま」』

 投稿者:sakamoto  投稿日:2017年12月16日(土)08時58分22秒
返信・引用
  > No.8444[元記事へ]

sakamotoさんへのお返事です。

> N先生の近作「自反尽己」内で挙げている、『ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんの言葉「うまくいった時はおかげ様、うまくいかなかった時は身から出た錆」を引用して自反尽己を説明しておられた』は、実は、私もちょっと前の毎日新聞の山中氏へのインタビュー記事でこの種の発言を読み、感動し、コラムを切り抜き、どこかの本に挟んだはずである。
>

昨晩、帰りに、家近くの蕎麦屋「安田屋本店」の隣にある「川嶋コーヒーショップ」に立ち寄り、ブレンドコーヒーを買う。
店員からこの店が今月31日で閉店するとのこと。
(私は、同僚から引き継いだ、某社の機内食メニューの国際線ビジネスクラスのメニューを担当している。メニューの終わりに「今月のコーヒー」というコーナーがある。このコーナーのコーヒーハンター川嶋氏は、川嶋コーヒーの縁者とのこと。)

『走り続けて・「塞翁が馬」「おかげさま」』というタイトルの毎日新聞の記事の切抜きが、池澤夏樹「知の仕事術」に挟んであった。
@@@@@@
……
このような経験から、私は物事が順調に進んでいるときは「悪いことの始まりではないか」と用心し、思うように進まないときや、好ましくない出来事が起きたときは「これはどんな良いことにつながるのだろう」と考える心がけています。ジャンプするとき、低くかがむほど高く跳べます。人生も同じだと思います。

もう一つ心がけていることは「良いことはおかげさま。悪いことは身から出たさび」です。良い成果は、多くの人の協力があって初めて出すことができます。「おけげさま」は私が大好きな日本語の一つです。片や、悪いことが起きると他の人のせいにしたくなってしまいますが、原因は必ず自分の中にあります。

高校生の時、教育実習の大学生と柔道の練習をし、私は腕の骨を折ってしまいました。その夜、大学生からのおわびの電話に、母は「うちの息子がちゃんと受け身をしなかったんだと思います。こちらこそご迷惑をおかけしました」と謝っていました。母から大切なことを教わったと感謝しています。

IPS細胞の研究開発でもいろいろなことが起きます。「塞翁が馬」と「おかげさま」の気持ちを忘れずに一歩一歩前進して行きたいと思います。

 

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