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(無題)

 投稿者:高井耐二  投稿日:2017年 8月 3日(木)21時44分4秒
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  私のランニング半生(夜叉が池伝説マラニック:平成29年度)

東海マラニッククラブ
ゼッケン№142
高井 耐二
 私は35歳の頃、体力もなく、肥満体質、おまけにヘビースモーカーでした。そんな自己を脱するため、走ることからやってみようと思ったのですが、最初は500メートルを走るのがやっとでした。その後、5キロ程度のジョギング生活が10年余続いていました。
私の走る様子が楽しそうに見えたのか妻もいつかマラソンを趣味にしてくれるようになり、二人で走るようになり徐々に距離も増え、最初は5キロのマラソン大会に出場し徐々に、出場する大会の距離が増え50歳の頃からウルトラマラソンをやっと完走できるようになりました。
さあこれから走れるぞと思ったのに、定年まで残り4年の56歳ころ、気管支喘息を発症。咳が止まらず死んでしまうのではないかと苦しみ、通院検査・吸入薬などの治療により咳は収まりましたが慢性喘息の持病を抱えることになりました。
 これまではサロマ湖100キロを完走できていたのですか喘息発症後に臨んだサロマでは、知り合いのランナー仲間で看護師さんが、私の体調を知り「その体ではでは20キロくらいしか走れないよ」とアドバイスがありました。そんなはずはないと思ったまま走り出すと、本当に20キロ地点で足が止まり、30キロ地点まで歩きリタイヤバスに収容され辛い思いをしました。翌年もチャレンジしましたが、70キロ地点の関門につかまりました。加齢に加え喘息の影響なのでしょうか、ウルトラマラソンを完走できていませんでした。
 夜叉が池チャレンジマラニックの出場は、過去2回完走していまいした。しかし最近2年連続の出場では、第一日目は完走できましたが、2日目は40キロ余り地点で関門に引っかかっていました。
 私は、この春、還暦を迎えこれまで勤めてきた仕事を定年退職しました。
自由になる時間が増え趣味であるランニングに費やす時間が増え距離を延ばすことができるようになり、何とか夜叉を完走したいと目標を持つようなっていました。
そして迎えたこのたび5回目出場となる夜叉が池伝説マラニックに臨みました。
マラソンを通じてこれまでに多くの走友・先輩と共にこの大会に出場し、走れることの喜びをかみしめながら第一日目は、自ら予想していた時間より早くゴールができ、2日目は、時に雨が激しく降るなど厳しい環境のなか沿道の皆さんの応援やエイドの方の温かいご支援が励みとなり感激のゴールとなりました。知人走友が、私に付き添って引っ張ってくれたこと、祭り会場の参加者の方の温かい声援、そしてゴールでは多くの走友仲間の祝福を頂き、感謝の気持ちで一杯です。
今後も一層多くの走友と共にランニング生活に励んでいきたいとしみじみ感じました。
追伸
2日間ボランティアに従事した妻からは、「完走できなかったら、家に入れない」と言われていたので、それも大きな励みとなりました。
 
 
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