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岡本(天白)さんへ

 投稿者:NO104  投稿日:2017年 8月13日(日)16時17分44秒
編集済
  昨年のリベンジおめでとう御座いました。今年はわたしも苦戦して、坂内通過は制限時刻のわずか5分前でした。
なので、ゴール後岡本さんとはお会いできずでした。スタート前の写真ここへ載せていきます。
HPの写真見つけましたので見てください。
古井(岡崎中総)
 
 

25周年を振り返って

 投稿者:ゼッケンNO10 竹内 弥富  投稿日:2017年 8月12日(土)03時25分39秒
  第4回 1996,7,27,28 未完走 70KM          夜叉が池に初参加したのは1996年で.夜叉が池にい
第5回 1997,7,26,27 欠 席 台風のため  くのに.あまりにも時間かかりすぎて.色々と関門
第6回 1998,7,25,26 未完走 90KM     をつくっていただき.迷惑をかけて.すいませんでし
第7回 1999,7,24,25 未完走 80KM     た.
第8回 2000,7,29,30 初完走 131KM 完踏    ここまで続いたのは.大会役員.地域の人達.ボラン
第9回 2001,7,21,22 完 走 131KM 完踏  ティアなど.たくさんの人達によって.ここまで続
第10回 2002,7,27,28 完走 131KM 完踏  けられました.大変.感謝しております.どうもあり
                     がとうございました。
第11回 2003,7,26,27 完走 135KM 完踏  これから.私は.参加できるかどうかは.わかりませ
第12回 2004,7,24,25 完走 135KM 完踏  ん。今は.走れない状態が続いてるからです.
第13回 2005,7,23,24 完走 135KM 完踏    でも.大会が.あり続ける限り.私は.周りに文句を
第14回 2006,7,22,23 未完走 100KM    言われながらも.参加を続ける予定です。少しで
第15回 2007,7,28,29 完走 135KM 完踏  も.参加回数を増やします.
第16回 2008,7,26,27 未完走 82,3KM      これからも.よろしくお願いいたします.
第17回 2009,7,25,26 完走 135KM 完踏
第18回 2010,7,24,25 未完走 82,3KM
第19回 2011,7,23,24 未完走 72,4KM
第20回 2012,7,21,22 未完走 88,1KM
第21回 2013,7,27,28 未完走 56,4KM
第22回 2014,7,26,27 未完走 70KM
第23回 2015,7,25,26 未完走 82KM
第24回 2016,7,23,24 未完走 45,4KM
第25回 2017,7,22,23 未完走 50KM
 

ゴールできました

 投稿者:岡本勝美  投稿日:2017年 8月11日(金)22時08分8秒
  天白川走友会ゼッケン223 昨年はバイクランドでリタイヤしてしまい今年はどうにかゴールしたいと思いもう駄目かと思いつつゴールできました。後半残り15km雨の為足の裏が、水ぶくれで靴を脱ぎ何度か安全ピンで水を抜きながら激痛との戦いでしたが、いい思い出の大会になりました。又エードのスタッフの皆様ありがとうございました。実はゴール後足を引きずりながら温泉に向かい悲鳴を上げながら温泉に浸かりもうこんな大会参加しないぞとぶつぶつささやいてましたが、時間と共に疲れも取れ気持ちは来年どのように楽してゴールできるかとつぶやく毎日です。来年もよろしくお願い足ます。ありがとうございました  

夜叉ヶ池到着時刻

 投稿者:仕掛け人1  投稿日:2017年 8月 4日(金)02時17分48秒
  カメラの時刻が違っていたので28分30秒、池到着時刻を早めました。
時報並みの制度はありませんが、訂正いたしました。
写真の画像データを引っ張り記録といたしましたことでご迷惑をおかけしました。
 

(無題)

 投稿者:吉田幸彦  投稿日:2017年 8月 3日(木)21時55分18秒
  夜叉ヶ池伝説マラニックに想いを寄せて
吉田幸彦

第20回大会、二日目の朝、弟の知やんと従兄の慎ちゃんと私の3人は最後尾近くから坂内の体育館前をスタート、途中夜叉龍神社に立ち寄り夜叉ヶ池に無事行って来られるようお願いをして再出発しました。
この辺りから夜が明けてきて、登山道に向かう道は渓流に沿って清々しい。ちょうど合歓の木の花が満開なのが印象的でした。
我々3人はいつも楽しくマラニックすることをモットーに行動を共にしており、この日も関門にかからない程度に走ったり歩いたり、綺麗な景色を写真に撮ったりしながら進んで行きました。
バイクランドエイドを通過してまもなく、いよいよ登山口に向かう林道に入る。3人は相前後しながら林道終点エイドのひとつ手前の神岳橋エイドに到着。「このペースで行けば関門は十分クリア出来るね。」と3人で確認し合いました。
4.4km先の林道終点エイドにはたまたま私が先に到着して山用シューズに履き替え、食べ物と飲み物を補給していると慎ちゃんが到着しました。
弟の知やんも一緒だと思っていたのに姿が見えない。暫くすると「エイドのすぐ手前でランナーが倒れている」との声があがりました。
「そうか、知やんはその介抱をしているのかな」と思いコースを引き返すと、エイドから数10mも行かないところでランナーが道端に倒れていてもう一人のランナーが覗き込んでいた。そこはエイド直前にも関わらず、コースが鋭角にカーブしており、大勢のランナーやスタッフがいたエイドからは全く見えない位置だった。
倒れていたランナーは弟の知やんでした。

後日、夜叉ヶ池の会掲示板や他のブログ・SNSでこの件について様々な書き込みがありました。一部で心無い書き込みもありましたが、直ぐにそれを打ち消す複数の書き込みがあり、夜叉ヶ池伝説マラニックに対するランナーやスタッフ・ボランティアの篤い思いに安堵しました。
私は当事者であり本件についてのコメントはこれまで一切しませんでしたが、大勢の方が書かれたコメントにあるように夜叉ヶ池伝説マラニックのような大会は、大会運営側の配慮とランナーの自己管理の両方があってこそ成り立つものだと理解しています。それは安全面についても然りです。

この第20回大会直前にスタッフの方々の高齢化などを理由に20回を節目に終わるのではないかとの噂を耳にしていました。それが運営スタッフの総意ならそれも致し方が無いなと思っていましたが、今回の事故がきっかけで大会が中止になるのは弟の知やんにとっては悔やみきれないだろうと思いました。(私が弟の立場でも同様です)
しかし、大会を継続開催しても中止しても心無い中傷は出たでしょう。その点は大会スタッフの方々に本当に申し訳なく思っています。

結果としてマラニックは今年第25回大会を迎えることになりました。
その間の運営スタッフの皆さんの御苦労は大変だったと思います。
あれ以来、安全に対する配慮が年々充実して来ていることはリピータランナーの誰もが感じていることでしょう。
私自身も翌年市民救命士の講習を受けました。あの時、倒れている弟を目の前にしながら何も出来ない自分の無力さを痛感したからです。遅まきながらその講習で心臓マッサージは時間との勝負であることを知りました。
最近は運営側スタッフのみならず、ランナーの中でも医療関係者や私のように一般市民で救急救命士講習を受けたランナーがそれを示すワッペンなどを付けて走る大会が増えてきました。この夜叉ヶ池伝説マラニックでも採用され、今年は特に大勢のランナーがハートのワッペンを付けて走りましたね。

このように夜叉ヶ池伝説マラニックは我々3人にとって特別な大会となりました。
私自身走力の衰えもあり、完走は難しくなってきましたが、今後この大会が続く限り、何らかの形で関わり続けさせて頂きたいと思います。

2017年7月吉日
弟の兄




 

池到着時刻

 投稿者:仕掛け人1  投稿日:2017年 8月 3日(木)21時52分0秒
  ご指摘の通りです。今回はカメラの写真データをもとにしていました。
カメラの時刻合わせがしてなかったのが原因です。
新たに更新します。
 

(無題)

 投稿者:高井耐二  投稿日:2017年 8月 3日(木)21時44分4秒
  私のランニング半生(夜叉が池伝説マラニック:平成29年度)

東海マラニッククラブ
ゼッケン№142
高井 耐二
 私は35歳の頃、体力もなく、肥満体質、おまけにヘビースモーカーでした。そんな自己を脱するため、走ることからやってみようと思ったのですが、最初は500メートルを走るのがやっとでした。その後、5キロ程度のジョギング生活が10年余続いていました。
私の走る様子が楽しそうに見えたのか妻もいつかマラソンを趣味にしてくれるようになり、二人で走るようになり徐々に距離も増え、最初は5キロのマラソン大会に出場し徐々に、出場する大会の距離が増え50歳の頃からウルトラマラソンをやっと完走できるようになりました。
さあこれから走れるぞと思ったのに、定年まで残り4年の56歳ころ、気管支喘息を発症。咳が止まらず死んでしまうのではないかと苦しみ、通院検査・吸入薬などの治療により咳は収まりましたが慢性喘息の持病を抱えることになりました。
 これまではサロマ湖100キロを完走できていたのですか喘息発症後に臨んだサロマでは、知り合いのランナー仲間で看護師さんが、私の体調を知り「その体ではでは20キロくらいしか走れないよ」とアドバイスがありました。そんなはずはないと思ったまま走り出すと、本当に20キロ地点で足が止まり、30キロ地点まで歩きリタイヤバスに収容され辛い思いをしました。翌年もチャレンジしましたが、70キロ地点の関門につかまりました。加齢に加え喘息の影響なのでしょうか、ウルトラマラソンを完走できていませんでした。
 夜叉が池チャレンジマラニックの出場は、過去2回完走していまいした。しかし最近2年連続の出場では、第一日目は完走できましたが、2日目は40キロ余り地点で関門に引っかかっていました。
 私は、この春、還暦を迎えこれまで勤めてきた仕事を定年退職しました。
自由になる時間が増え趣味であるランニングに費やす時間が増え距離を延ばすことができるようになり、何とか夜叉を完走したいと目標を持つようなっていました。
そして迎えたこのたび5回目出場となる夜叉が池伝説マラニックに臨みました。
マラソンを通じてこれまでに多くの走友・先輩と共にこの大会に出場し、走れることの喜びをかみしめながら第一日目は、自ら予想していた時間より早くゴールができ、2日目は、時に雨が激しく降るなど厳しい環境のなか沿道の皆さんの応援やエイドの方の温かいご支援が励みとなり感激のゴールとなりました。知人走友が、私に付き添って引っ張ってくれたこと、祭り会場の参加者の方の温かい声援、そしてゴールでは多くの走友仲間の祝福を頂き、感謝の気持ちで一杯です。
今後も一層多くの走友と共にランニング生活に励んでいきたいとしみじみ感じました。
追伸
2日間ボランティアに従事した妻からは、「完走できなかったら、家に入れない」と言われていたので、それも大きな励みとなりました。
 

(無題)

 投稿者:One  投稿日:2017年 8月 2日(水)22時23分25秒
  記録集ですが、夜叉ヶ池の到着時刻のみおかしくないですか?
その時刻が正しいとするなら、どの人も登りに比べて下りが速すぎるんです。

夜叉ヶ池到着を20分くらい早い時刻にすれば、それくらいかなって思うんですけど…。
 

完踏おめでとうございます

 投稿者:仕掛け人1  投稿日:2017年 8月 2日(水)18時45分33秒
  今井様完踏おめでとうございます。
只今記録集をアップしました。

自らの足で夜叉姫が辿った伝説の道程を追体験することで、水への渇望と畏敬の念を・・・・。
そんな想いで立ち上げました。

写真も随時アップできるよういたします。

 

第25回夜叉ケ池伝説マラニック 初参加を終えて

 投稿者:大阪府 No.363 今井孝子  投稿日:2017年 7月27日(木)14時24分31秒
編集済
  今回、この記念すべき第25回大会に初参加させてもらいました。
そして、皆様のおかげで憧れだったこの夜叉ケ池伝説マラニックを無事完踏できました。135㎞の夢の世界、そこであったひとつひとつのエピソードが宝物です。私の備忘録としてここに綴らせてもらおうと思います。

1.当日入り~スタート前まで
大阪より現地まで電車で日帰りでの現地入り。大垣~会場のある広神戸駅までの列車内は、溢れんばかり大先輩方がまるで遠足かのように楽しげでした。私はそんな中で浮き足立った状態でした。駅を降りて会場へ向かい、受付を済ませスタート前のセレモニーを見せて頂き、いよいよ私の夜叉姫伝説が始まりました。

2.第1ステージ
スタートから3㎞先の夜叉堂に完走祈願にお立ち寄り、祭り太鼓や沿道の声援の中をルンルンで進みました。太陽が照りつける中でしたが、3-5㎞毎のエイドステーションに用意して頂いてる氷のおかげで冷んやりと快適な道中でした。エイドステーションにはボランティアとして参加されてる方々の中に顔なじみの方もおられ、初めての大会参加でしたがほんわかとした安心感で進めました。

参加されてる大先輩方から微塵たりとも緊迫感といったものもなく終始ほんわかしてました。私ですら正直、明日こそがシンドイといつも以上にのほほんとしてました。脳裏には体力温存の4文字。そんな感じで第1ステージフィニッシュ。

3.第1ステージフィニッシュ後
フィニッシュ会場は祭り真っ最中で、お弁当券と金券をもらいました。そして、忘れられないのは手作り温泉とうたった軽トラに溜められたお湯での湯行。コレがまたら気持ち良かったです。その後はシャトルバスにて本日の簡易宿泊所坂内学校へ。

さて、宿泊所に到着してびっくり。翌日に備えゆっくりされるのかと思いきやワイワイと楽しそうな宴会組に遭遇。さすが大先輩方、そんな大先輩方を失礼ながらも見て見ぬフリをして私は寝床へ向かいました。
男子は通路などで雑魚寝、女子は絨毯敷きの体育館内で広々雑魚寝。毛布が1枚と翌朝の朝食が配布されました。日付が変わり起床2時、第2ステージに向けた支度です。

4.第2ステージ
① スタート~林道終点復路
まだ真っ暗な3:30スタート、この第2ステージに立ててるだけで幸せいっぱいの私。一方で、今から向かう夜叉ケ池のいわば断崖絶壁に恐怖の2文字を隠せない心境でした。

翌日に45.7㎞走った足とカラダでどうなる事やらと心配してましたが、摩訶不思議、決して軽やかではありませんが動きました。
普段ならありえません。大会のテンションとはスゴイなぁと我ながら体感しました。

林道終点往路まで時折鼻歌まじりで進みました。ここでシューズをトレイル用に、そして泥濘を覚悟してたので防水靴下にチェンジし軍手着用。いよいよ夜叉ケ池へ向かう支度を整えました。
そして、夜叉ケ池まで。思い出してよくもまぁこの私があの断崖絶壁を登りそして下ったとはびっくりです。手、お尻、膝、肘、ロープをフル活用しました。思わず、「何でこんなとこに来てしまったんや」と声に出ました。そんな恐怖体験を終えた頃はほぼ最後尾となってました。とはいえ、肘に擦りギズだけで大きな怪我なく下山できた事は喜びでした。そんな喜びは束の間でこのままでは次の関門でアウトと知ることとなりました。

②林道終点復路~坂内学校
命からがら夜叉ケ池を見た後は、もう進むしかありません。泥だらけになった軍手を脱ぎ、ロードシューズに履き替え再スタートです。関門アウトになるくらいなら、一か八か、オーバーペースで覚悟で次の関門地点バイクランドまで必死で走りました。

夜叉姫が降臨したのか??それは定かではありませんがこの頃から雨。まさしく恵の雨でした。そんな空模様と下り基調が功を奏して足取りも軽くドンドン進め、結果、関門20分前に到着。

第4関門ではボランティアの方や応援に駆けつけてくれたラン友さんにパワーもらい、焦る気持ちにひと息入れ落ち着いての再スタート。少し落ち着きを取り戻したと言うものの、やはり微妙な焦りを感じてました。だんだん欲深くなってしまい、願わくば完踏したい、そんな思いでペースコントロールし、第5関門は約25分前到着。こちらの関門で大先輩ランナーでいっぱい。顔なじみの方もいてこの頃はもぅ気分は上々でした。

③坂内学校~フィニッシュ
坂内学校までやって来れたと達成感に浸るのもほどほどにあわよくば完踏の2文字を胸に進みます。3-5㎞毎の公式エイドステーションに加え、私設エイドも充実。また、雨模様といった抜群の条件でコレは行くしかないと奮起しました。幸いにして以降も、全てのエイドステーションに立ち寄る余裕も持てエネルギー切れを回避して黙々進むことができました。

フィニッシュ付近はお祭り会場となっていてマイクで「はぃ、ランナーさんが通ります」なんて放送され何だかスター気分になりました。そのおかげでラストは2kmは元気に走れてました。そして、夢のフィニッシュ、ゴール待ちしてくださった大先輩方やボランティアさん、ラン友に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

最後に、この大会の素晴らしさを感じたのは安全面です。AED隊として機能してる救護車がコース上を巡回。細かなエイドステーション並みにあちこちでこの救護車とすれ違い、安心感を持ってレースに臨めました。また、夜叉ケ池登り口には救急車が待機。こんな大会運営もまた、この大会が人気を維持し永く続くゆえんだと思います。

本当にたくさんのウルトラランナーと交流でき、至れり尽くせりの素敵な大会。今後も都合がつく限り毎年参加させていただきたいと思いました。この場をお借りして関わって頂いた皆様に心から感謝致します。
 

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